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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

ドイツ難民政策がブレている原因を探る

ドイツ ドイツ-政治・経済・文化

ドイツではケルンを中心とした、窃盗も兼ねた女性への性犯罪がドイツ政府のとる難民政策へ濃い影を落としています。しかしながら、ドイツでは難民政策を今後どのようにしていくべきかについて噛み合っていない議論がなされています。このように難民問題への対応に問題が生じているのはなぜでしょうか?

難民ウェルカム

女性への犯罪事件が意味する政治的インパクト

犯行を行った集団として北アフリカもしくはアラブ系の男たちが浮上していますが、彼らの中に難民がいたという目撃証言があります。

彼らが難民であれば、国民の反難民感情は強まるでしょうし、ドイツ国籍保持者であれば元移民のドイツ社会への統合が失敗している印象も与えるため、何れにしてもこれまでの難民政策を推進してきた主要政党へのダメージとなります。

参考記事:Das Menetekel von Köln. Ein Kommentar.

難民政策は移民政策ではない

こうした政治的スキャンダルが起きたときには、一体どのような政治的立場をとればよいのでしょうか。殺到する難民を送り返すのか、それとも労働力維持の観点から難民受け入れを拡大すればよいのか、政治家も市民も意見が分かれています。

そもそも何のために難民を受け入れているのか曖昧なままで難民を受け入れてきたので、問題が起きたときに必要となる議論の統一した土俵がドイツでは存在していないように思われます。

難民政策として

すなわち、難民を受け入れているのが、「歓迎文化 (Willkommenskultur) 」*という半分自画自賛気味のスローガンにも見られているように難民政策の本来の意味での、人道的見地からの対応であれば、難民が問題を起こしても、彼らの安全を優先して送還措置は思いとどまるべきでしょう。

*意訳すると「おもてなし文化」とも訳せますね。ドイツの「歓迎文化」が日本で全く紹介されてないことを考えれば、日本の「おもてなし文化」も海外では全く認められていない独りよがりの言説である可能性も十分に言えますね。自己礼賛は聞いてるだけで恥ずかしいです。

移民政策として

しかし、ドイツ社会に必要な若い労働力を供給する目的のための難民受け入れであれば、これは人口政策、つまり移民政策の一環として考えるべきでしょう。この場合はドイツ社会の利益にかなっている限り難民を受け入れるべきでしょうし、社会的コストが高すぎるのであれば移民はコントロールすべきです。

議論が噛み合わない理由

政治の側が国民を納得させるために、人道的観点を強調するドイツの「歓迎文化」をあるときは政治の指針としたり、別の機会には労働力の流入という経済的観点が強調され、一体どちらがより重要な動機なのかをあえて不明にしてきたことを考えると、両者の差異が明らかにならない限りは政治的問題になりませんが、一旦問題が起きると、どちらの観点を優先させるべきかの合意が取れていないことが浮き彫りになります。

その結果、それぞれの観点から行われる主張が平行線を辿ることになります。

人道的観点と経済的観点の間の優先順位を明確にするべし

政治が今まで先送りしてきた、難民受け入れの意義の議論を行い、ドイツ社会はそもそも何のために難民を受け入れるのかの明確な合意が必要です。

それは、どちらの効用が大きいのかというデータに基づいたものではなく、基本法にあるような、ドイツ社会の根本的な価値観を再度確認/再考することでしか成し遂げられません。曖昧なままで難民政策をこのまま進めて数十年後に後悔することがないように、ーたとえ時間がかかってもー避けて通れないプロセスでしょう。

難民/移民政策は社会のアイデンティティにも関わるために、慎重に議論するに値するテーマです。そのことを念頭に置かないと取り返しのつかないことになるでしょう。

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