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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

あえて空気を読まないことで得られるメリット

仕事術 仕事術-人生・キャリア論 日本 日本-政治・経済・文化

私は空気をあえて読まないようにしています。正確に言うと、空気は読むが、場の空気に囚われた行動や発言はしないようにしているということです。

それは空気を読まないことで、得られるものが大きいからです。

*以下は完全に私の個人的な信条です。

人と違うことは怖くない

空気を読まないことのメリット

知的なコミュニケーションの目的は、相手から受け取った情報に付加価値を付けて情報を送り返すことと考えます。*1それには、相手の期待をいい意味で裏切るような振る舞いが適しています。

付加価値とは、既知のものに「付加」される価値

この付加価値とは相手の情報に何かを「付加」していることから生じる以上、相手が予期していないことを行うことで生じます。

相手がすでに予期していることを伝えているのであれば、それは何も「付加」していません。その内容は想定の範囲内なので、相手の意志の確認程度の意味しかもちません。

しかし、予想外のことが起きるとそれによって、自分が持っている前提が揺さぶられ、その結果新しい発見/認識が生まれます

スポーツとの比較

プロのスポーツ選手が、敵チームや観客の空気を読んでその意に沿ったスポーツを行うことがないように、知的なスポーツである会話においても、付加価値の最大化に反するような「空気を読む」ということは意味をなさないのではないかと私は考えています。

というのも、敵の動きを読んで、それを踏まえて自分の行動を決めることはありますが、敵の意図に自らハマっていくことはスポーツではないでしょう。裏をかくことは、勝負事では勝つためには常道です。

「空気を読まない」 ≠ 自己中心主義

これが、空気を読まないことによって「付加」される価値です。

但し、これは相手の考えを読まずに自分の意見だけを押し通すということではありません。そのようにしても相手は自分の情報を受け取ってくれず、その場合、会話する意味すらなくなるからです。

あくまで、相手の話しを聞いて、それに何か情報を加えるわけですから、相手の話しを聞くことは大前提です。

まとめ

空気を読むということは、人が期待している範囲から外れない発言や行動をするということでもあり、それは、まるで誰かが書いた台本をなぞっているとも考えられます。

台本が決まっていても自由の余地があるかもしれませんが、予想外のことは起きにくいでしょう。

しかし、予想外のことをすることで、新しい発見が生じます。

  • 人の話をきちんと聞いて情報を受け取る
  • 相手からの情報を自分なりに消化する
  • 正しく論理的と信ずることを、思考の跡が見られるように相手に伝える

相手におもねることなくこのことを行うことで、相手に対して何らかの知的刺激を与えることができまるといえます。

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*1:コミュニケーションの目的は、知的な内容のやりとりだけではありません。相手に何かをただ伝えるだけの場合、相手に特定の行動を促す場合、相手の求めに応じて情報提供する場合がありますが、ここでは、知的なディスカッションに限定して話しています。