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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

マニュアル車好きのドイツ人がオートマ車を好み始めた理由とは?

ドイツ ドイツ-政治・経済・文化

ドイツではマニュアル車の割合が多いです。私もペーパードライバーでしたが急にマニュアル車を乗らざるを得ませんでした。

2014年時点では約75%がマニュアル車となっています。多いと思うかもしれませんが、この数字は近年マニュアル車の割合が減った上での数字です。1999年には90%がマニュアル車と、現在よりもマニュアル車が当たり前の時代でした。*今でもAT車の人がいると、珍しい感じがします。*1

すなわち、ドイツはマニュアル車市場なのに、近年になって若干であってもオートマ化の波が押し寄せてきているということです。

では、そもそもなぜドイツ人はマニュアル車に好んで乗っているのでしょうか。そしてなぜ近年になってオートマ車への乗り換えが緩やかに進んでいるのでしょうか。

MT車のギア

ドイツ人がマニュアルにこだわる理由

①運転に対する喜び

まず第一に挙げられるのは、マニュアルによる運転に楽しみを感じていることがあります。

もちろん、運転が苦手な人もいることは事実ですが、日本よりも多くの人が「車の運転=自己表現の手段」となっていることは確かです。

マニュアル運転によって、(少なくとも主観レベルで)車の加速の仕方により影響を及ぼすことが出来ると考えています。モータリザーションの根本にあった考えは、「行きたいところにいつでも自由なスタイルで行ける」ことで自己実現を図ることだとすると、マニュアル運転はモータリゼーションの基本精神に忠実なのかもしれません。

それもあってか、オートマだと運転が退屈という意見をよく聞きます。

モータリゼーションを促進したアウトバーン

②特に男性の間で見られる男性性の象徴としての「運転」

第一の点と関連していますが、オートマよりもより面倒なマニュアル車に乗っているということがある種のシグナルとして社会の中で(一部の人に)解釈されています。

それはとりわけ男性の間で見られ、「オートマに乗っているのは軟弱なやつ」といった言説に見られるマッチョ信仰です。

詳しく分解してみると以下のような論理構造になっているのではないでしょうか。

オートマに乗っている
    ↓
機械に運転を任せている
    ↓
運転『不能*2』に違いない
    ↓
機械を操作できないやつは男性らしくない*3

この考え方が社会である程度蔓延している証拠として、「女はうまく車を駐車できない」といった悪口にも似た冗談や、オートマは年寄りの乗る車というイメージが挙げられます。

そのために、ドイツ人、とりわけ男性の間ではマニュアルが好まれています。

男性性と強く結びついた運転行為

③値段が安い

最後に経済的な理由が挙げられます。

オートマを選択すると日本とは反対に、平均で1800ユーロ(約23万円)ほど高くなってしまいます。この購入費用がオートマ車購入をためらわせてしまう一つの理由になっています。*4

*自動車税は排気量、モーターの種類(マツダのロータリーやディーゼルetc.)、CO2排出量で決まるので、ATかMTかで変化はありません。自動車保険においてもATとMTは関係ありません。

オートマへの乗り換えが進んでいる背景

しかしながら、冒頭の統計にも表れているように、こうしたフェティシズムとも言える愛着は近年薄まってきています。その背景には一体何があるのでしょうか。

①車の社会的位置づけの変化

マニュアルへこだわる第一と第二の理由(上述)が、ある種のイデオロギー的な性質をもったものであったとすれば、車の社会的意味が変化していくにつれて、当該イデオロギーの有効性が失われていきます。

そして、日常生活において車が有していた重要性が実際に相対的に低下している現在、車の運転という行為のイデオロギー性が薄まってきたとしても不思議ではありません。

それは以下の二つの社会的トレンドによって促進されています。

スマホという新たなスタータスシンボルの登場

価格帯は全く異なっていますが、生活の中で占めるスマホの役割とそれへの家計の支出が増大したことで、ステータスシンボルが車から携帯電話へと移ってきています。

都市への回帰現象

近年では、都市のもつ利便性や文化性という魅力が見直されてきています。

病院が近くにあったり、買い物が便利であったり、またはコンサートやスポーツイベントといった文化的な催し物へのアクセスの良さへの評価が、緑豊かな田舎生活のもつ空気のきれいさや静かさへの評価に対して相対的に上昇している傾向にあります。

そのため、田舎の良さのほうが評価されていた傾向は近年変化を見せ始め、多くの人が田舎から都会へ舞い戻る傾向にあります。

このトレンドは、近年の都市部の家賃の上昇*にも反映されています。

*家賃の上昇の原因として他にも、供給されている住宅の価格帯に偏りがあることが挙げられます。

この都市化によって、車が日常生活の中で果たす役割は低下しています。

その結果として緩やかながらも、車は「それ自体が目的ではなく、単なる移動手段」として見られるようになってきています。

②都市化の進展によるオートマがもつ利便性の見直し

上述のように都市化が進展していることで、車も都市部で使うことが多くなっていると考えられます。

都市部での運転の特徴は、信号の多さや渋滞による加速と減速の繰り返しです。加速してもすぐブレーキをかけないといけないような環境では、いちいちギアチェンジが必要なマニュアル車よりもオートマのほうが圧倒的に便利です。

オートマの利便性が十分に発揮されるこうした環境で車を使用することが増えてきていることが、オートマの評価向上につながってきているのでしょう。

③オートマ技術の進歩

ドイツ人は昔のイメージからオートマのほうが燃費が悪いと思っている人も少なくありません。

しかし、かつては燃費が悪かったオートマも技術の進歩によって燃費が向上してきており、マニュアルのほうが燃費がいいという神話が崩れてきています。

加えて二酸化炭素排出量も少なく、環境に優しくなっています。

購入価格はマニュアルよりも高いとしても燃費が良いという情報が広がり始めていることが、オートマが徐々にドイツで浸透していっている理由の一つではないでしょうか。*5

オートマ車のギア

ドイツ人は自動運転化の流れに飛びつくのか

車とその運転がもつ社会的意味の希薄化という文化的要因と、燃費向上という経済的要因によってオートマ車の普及がドイツで緩やかに進んでいることを明らかにしてきました。

今後予想される車の自動運転化は「運転という行為」が日常生活で持つ意味を変えていくインパクトをオートマ以上にもちあわせています。

すでに、運転に付随する文化的意味合いが薄れ始めている現状を考えると、自動運転の車がドイツで普及する下地は整っていると考えられます。ですので、あとは主に購入価格と維持費という経済性の問題が片付ければ、自動運転は普及してもおかしくありません。

車に関連する記事

*1:参照記事:Automatikgetriebe immer beliebter

*2:性的な意味ともつながってきます

*3:4段目の「機械=男性性」という連想には論理性が欠けていますが、機械の操作・修理が肉体労働として意識されていることから、肉体労働=男性領域と考えている人が多いため、納得感をもって受け入れられています

*4:参照記事:Getriebe-Frage: Warum immer mehr Autos mit Automatik fahren - DIE WELT

*5:参照記事:Die manuelle Schaltung ist auf dem Rückzug | Berliner Zeitung