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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

ドイツのトルコ人移民家族が抱える3つの悲劇

ドイツ ドイツ-政治・経済・文化

経済的な理由であれ、政治的な理由であれ、已むに已まれぬ理由から経済的により豊かな地域へ移住した場合、子供にとって悲劇的な状況が発生することがあります。

ドイツに外国人労働者として来たトルコ人家族の例で説明すると、例えば両親が40歳前後、子供が10歳未満で移住した場合、子どもはドイツの価値観で育ち、両親はトルコ、それもとりわけ保守的な田舎の価値観から抜けきれないことが多く見られます。

*トルコからの移民の場合、都市ではなく田舎からの男性が中心で、彼らが後に家族を呼び寄せました。

そうしたときに、しばしば両者の間で世代間の摩擦が生じます。それも単なる世代間の考えの相違ではなく、ドイツのリベラルな文化とトルコ田舎の保守的な文化にそれぞれ翻訳された形となって激しく摩擦を起こしていきます。そしてその摩擦はときにはあまりにも熱をもち燃え上がってしまうことさえあります。*1

移民の家族

欲しいものへの理解を得られない惨めさ

子どもが、ブランドものの服や靴を欲しがったり、テレビゲームやスマホを話題にすることは珍しくありません。そうしたものをもっている子どもを見た他の子どもたちはそれを欲しくなり、家に帰って両親に欲しいとねだります。ただ、こうした憧れのものは高価なこともあります。

そうしたときに、移民の子どもは惨めな思いをします。

確かにドイツ人の家庭でもすべての子どもが欲しいものを買ってもらえるわけではありません。しかし、移民の家庭においては親は原理的な拒否反応を示します。子どもは頭ごなしに叱られます。

トルコ人の両親は、昼間の仕事に加え、夜の仕事(よくある例はタクシー運転手)を掛け持ちしており、贅沢をせずに節約にいそしんでいます。ドイツに来たのも、お金を稼ぐためであって、お金を使うためではないからです。そうした考えをもっている親にとって、ブランドの靴が欲しいというような子どものおねだりは理解不能のことでしかありません。「俺たちが我慢してるのに簡単におねだりするな!お古の服や靴で我慢しろ」という気持ちから親は拒否反応を示してしまいます。

そうなると子どもは、「何でドイツ人の家庭では買ってもらえて、自分の親は他と違うんだろう」と考えてしまいます。

旅行は発展途上国への帰省だけ?

一つ目の点と関連しますが、子どもの世界では休み明けに、休みの間に何をしたのかが話題となります。そうしたときに、ドイツ人の子どもはフランス、イギリス、スペインへの旅行という土産話を持ってくるのに対し、移民の子どもは、故郷への帰省という話しか土産話がありません。

移民の家庭にとってそれは娯楽である旅行というよりも義務的な帰省です。故郷に帰る以外には、旅行という旅行はお金がかかるためにあまり行われません。

そのため、西欧での休暇を楽しそうに話す友達に対して、途上国の話を切り出すことになり、それは勇気がいることです。

結婚観の違い

移民、とりわけ保守的な田舎から来た移民は、価値観もそのままドイツに持ってきます。そしてドイツで育つ子どもと違い、親はその価値観を比較的長く維持し続けます。それが、結婚観にかかわってくると血なまぐさい悲劇が起きることになります。名誉殺人(Ehrenmord)です。

特に女性が西洋的な服装や髪型をしたり、男性と交流したりすると、それによって家族の名誉が汚されたとみなされ、その名誉を回復するために兄弟がその女性を殺害するににまで及ぶことがあります。

保守的な彼らにとって暴力行為は名誉を回復するための当然の手段に映ります。

しかし女性からすると、同世代のドイツ人女性が夜出かけたり人生を楽しんでいるので、自由な生活スタイルを送る事は当然のように映ります。そのため、自分の家族が自分の言動に理解を示してくれないことは全く理解できないこととなります。

参考記事:VERBRECHEN IM NAMEN DER EHRE ("EHRENMORDE") | Amnesty International Deutschland

自由なドイツの雰囲気と保守的なトルコ文化の文字通りの衝突です。

トルコ人のおじさん

子どもにしわ寄せがくる文化衝突

わかり易い例を挙げながら、世代間での考え方の違いから生まれる悲劇を見てきました。

これらは、移民の子どもたちが身を以って体験する、ドイツの価値観とトルコの価値観の間の衝突の結果です。しかしこのような価値観の世代間差異というものは、トルコ人移民の場合に限られません。出身国の価値観が移住先の文化と異なれば異なるほど、家族の中における考え方のギャップが生じやすくなります。

私自身、海外在住とはいえ、これほど違う価値観の間で苦しめられる経験はしたことがないので、想像がつかない領域です。しかし、こうした価値観の違いによって実際にドイツ在住の移民の家族内で殺し合いが行われているのも事実です。

そう考えると、日本からの移住も大変とはいえ、トルコの田舎からの移住と比べると大したことのないように見えてきます。

移民の間でのこのような世代間ギャップのつらさ、特に移民二世のアイデンティティ・クライシスをうまく描いている映画として『スパングリッシュ』があります。こちらはメキシコからアメリカに移民として来た母と娘を描いていますが、本記事のテーマを見事うまく描いています。

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*1:以下、周りやメディアで見聞した話を基に構成しています。そのため、わかりやすく説明するために断定調・一般的に書いていますが、この状況が当てはまらない例もあることはご了承下さい