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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

名ドラマ『スタートレック』に学ぶ、リスクと向き合うキャリア論

仕事術 仕事術-人生・キャリア論 メディア メディア-テレビ・映画

質のよいドラマは、社会的な問題や人生について示唆してくれることがあります。娯楽性と同時に社会的なメッセージも秘められているということです。

『新スタートレック』(1987 –1994)はそのようなドラマの一つです。その中のあるエピソードでは、現代日本社会ではなかなか認識されにくい一つのキャリア論を示しています。それはリスクを取らない限り、事なかれ主義の器の小さな人間で終わってしまう可能性があるということです。

*『スタートレック』については、以下の記事で入門的に説明しておりますので、ご参照下さい。

リスクを覚悟することの意義

制度化が進んだ現代社会

人生の中でリスクをとることがどのような意味をもつのかは、社会的な活躍のルートが固定化された現代社会ではなかなか理解しづらいかもしれません。

現代では社会で活躍するための多くの道が、学校、大学、就職活動という制度によって規定されてしまっています。

「正規」ルートから外れるリスクが増大

こうしたルートから一旦離れると、多くの可能性が消えてしまいます。

例えば、大学生の就職活動を見ると、就職活動の期間が数ヶ月と限定されており、それを過ぎると可能性が極端に低下します。就職先が見つからず大学を卒業した人にとっては、どこかの企業に採用されるチャンスはとりわけ厳しいものがあります。

これは、1945年直後の様々なエピソードと比較すると明確です。

例えば、在学中に軍に招集されたり、肺の病気で数年間療養した後に就職先が見つかったことをよく聞きます。個々人の能力とコネさえあれば、就活期間という時間的制限もなく、年齢に比較的影響を受けずに就職が可能でした。

人と違うことを1、2年していたという過去は職業生活を始めるにあたって不利にはなりませんでした。

しかし今では2年ほど進級が遅くなっただけで、就職が厳しくなると聞きます。

ルートから外れることで生まれるチャンスは認識されにくい

このように制度化が進んだ現代社会では、「正規」ルートから外れるリスクが増大していることから、人と同じことをして安全性を得ようとする傾向が高まります。

例えば、大学卒業後、数年世界を旅しようと思う学生はやはり帰国後の就職のリスクを考えてしまうでしょう。またそれは、留学中に就職活動が出来ないことで同級生に対して出遅れるのではないのかという恐れから交換留学を躊躇してしまうことにも表れています。

例えば文部科学省は、HP上で留学経験者向けにページを開設しています。これは日本人留学生の「就職活動への不安を払拭するため」特別に情報を発信する必要があるということですが、言い換えると、留学によって就職活動に不利になるのではないかという不安が広がっており、それが留学を躊躇させることにつながりうるということです。*1

引用元:留学を経験した学生の就職:文部科学省(2016年9月5日アクセス)

つまり、人と違うことをすることがリスクとみなされやすく、それは忌避されがちとなります。

人と違うことをすることがリスクとしてのみ捉えられるあまり、逆にどのようなチャンスが生まれるのかについてはなかなか認識されにくくなっています。

新スタートレック』:エピソード

このチャンスを認識させてくれるのが、『新スタートレック』の「運命の分かれ道」(Tapestry)*2というエピソードです。

ブロマイド写真★映画『スタートレック 叛乱』ピカード艦長-艦長席・横/ジャン=リュック・ピカード(パトリック・スチュワート)/新スタートレックTNG

臨死体験

ストーリーは、ピカード船長が戦闘で胸を撃たれ、人工心臓が機能を停止することから始まります。

そこで、彼は臨死体験*3をします。そこで彼は過去の失敗を突き付けられ、そして過去を修正するチャンスが与えられます。

過去に戻り「失敗」を修正

それは、彼が人工心臓を与えられたきっかけとなったノーシカン人の荒れくれ者とのけんかのことでした。実際の人生では、彼はケンカの最中でノーシカン人に背中からナイフで心臓を刺されてしまいますが、今回彼は全てを「正しく」しようとします。つまり、友人がノーシカン人のイカさまで騙され、その復讐への協力をピカードに求めますが、それを無理やり妨害します。加えて、ノーシカン人がケンカをふっけてきても無理に制止するために友人をテーブルに突き飛ばしてしまいます。

彼は若気の至りで行った「失敗」を修正することに成功します。

書き替えられた現代

次に、ピカード船長が気が付いたのは自分の船でした。しかし彼の役職はアシスタントというものでした。

実は彼のその後の人生は、「リスクをとることがなく、人より抜きんでることもなかった」ために、船長になれないというピカードにとって不満なものでした。この人生における彼は、確かに「何事にもきちんとしてい」てたが、人生の意義を深く考えることなく目の前の「義務を果たしただけ」であった。

このような結果への不満からピカードは、こんな退屈な人生よりも、戦闘で胸を撃たれて人工心臓が停止する人生を選ぶことを望み、再度過去をやり直すチャンスをもらうことになります。

「失敗」は「失敗」ではなかった

そして今度は友人を助けてケンカに参加し、その結果、またもや心臓を刺されることになります。しかし、次の瞬間彼は元の世界に船長として戻り、心臓停止の状態から生還することになります。*4

スタートレックから得られる教訓

新スタートレック』が教えてくれること

ここで強調したいのは、何事もきちんとこなし義務を卒なくこなしてきた結果、人より抜きんでることがないという説明です。

強みの土台は差異にあり

人と同じことをしている限り凡庸な存在に留まる可能性が高いことは当たり前です。

吸収する情報の質と量が同じであれば人とは差が付きません。差がつかなければ、それは競争社会で生きていく上での強みが生じる土台もないということです。

*人と違うことをすることで差異を作り、その差異を強みへと変換することの難しさについては以下の記事で詳しく述べておりますので、ご覧ください

何かを成し遂げたいならばリスクはつきもの

競争社会で成功したければ、人が踏み固めたキャリアルートを外れたり、人と違ったことをする必要があります。*5

ルートを外れることにはリスクも伴います。

そのリスクとは、冒頭で述べたように現代社会が極度に制度化されており、少しでも人生の「回り道」があると、企業側も採用に躊躇するという傾向です。*6

しかし、人と違うことをして、強みを作るにはそのリスクは避けて通れない事柄でもあります。ノーリスク・ノーリターンです。

そのため、もし何かを成し遂げたいのであれば、こじんまりしてリスクを恐れる余り「正しく」振る舞うのではなく、一度、大胆に道を外れた行動をとってみてはどうでしょうか。

『スタートレック』と現代日本

社会の制度化が進展するにつれて「道から外れる」リスクは増大しています。

しかし、そのリスクを恐れるあまり事勿れ的に振る舞いがちな現代日本人に対して、『新スタートレック』のこのエピソードは、リスクを取ることの意味を示唆しているでしょう。

関連する記事

*1:引用元では、この「不安」は「選考採用活動開始時期の変更」に伴うものとして限定されていますが、とはいえ、一国家機関が留学生の就職の心配をしなければならないほど、留学生の間での不安が社会問題として認識されていることは確かといえるでしょう

*2:シーズン6、エピソード15。1993年2月アメリカで放送

*3:Qという超生命体がピカードにこの体験をさせたと思われる

*4:引用部分は、著者がドイツ語から日本語へ訳出

*5:「人生のレールから外れて生きよ」というアドバイスが無責任な理由』は、レールを外れることを一般に勧めるようなアドバイスを批判しています。しかし本記事では、「競争社会で成功したい人にはレールを外れることを勧める」というようにアドバイス相手を限定しており、さらに過去記事への参照によってレールから外れるリスクを指摘しております。そのため、上述の記事とは矛盾は存在していないと考えております

*6:このリスクについて詳しくは『「人生のレールから外れて生きよ」というアドバイスが無責任な理由』を参照