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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

【体験談】キャリア選択を正しく悩む方法。最大の敵は「自分自身」?

仕事術 仕事術-人生・キャリア論

自分の仕事や職業をどのような基準で選んでいますか?

自分がその仕事内容や職業に興味があるからそれを選ぶ、という人もいるでしょう。

しかし中には、難しそうだから成功させたいという動機が混じっている場合もあるでしょう。上昇志向の強い人の中には、そのような動機が強い人がいます。チャレンジのし甲斐のある仕事を選び、それをこなすことで自分のスキルアップも図っていくというキャリアです。

私も、子ども時代はそのような考え方をしていました。例えば、高校時代は医者になることも考えましたが、その考えには、「医学部は入るのが難しそうだから、医者になろう」という気持ちが混ざっていました。

医者の卵からも、「脳外科が一番難しいから、脳外科を将来やりたい」ということを聞いたことがあります。他にも、「○○料理の本場である○○でお店を出したい」という考えも根本にある思想は同じです。

ここでは、こうした自分視点でのキャリア選択の中に潜む盲点を明らかにし、キャリアの選択肢を広げるための、視点の切り換え方を説明していきます。その際には、私個人の体験談も踏まえて考えてみたいと思います。

課題の難易度をキャリア選択の基準とすることの盲点

難題に飛びつく理由

なぜ難しい課題に飛びつくのでしょうか?それには、以下のようないくつかの理由が考えられます。課題が難しいほど、

  • 成功の可能性が低く、成功したときに自分の希少価値が上がる
  • 成功すること自体が、自分の能力の証明になる。

いずれにせよ、自分本位の基準を基にしたキャリア選択といえます。

課題の難易度には個人差がある

しかし、「難しいかどうか」というのは単なる主観の問題でしかありません。

ある人にとってチャレンジングな課題でも、他の人にとっては簡単かもしれません。結果から見ると、他の人の2倍努力しようともライバルの成果に及ばなければ、他者(=客、社会一般)に対しての貢献が出来ていないということです。

逆の言い方をすると、人の努力の半分で、他の人と同じ、もしくはそれ以上の成果が出せる領域があるのであれば、その分野に転身したほうが、他者により貢献しているといえます。

個人の努力とその成果が相関関係にないことがより顕著に表れる領域として、例えば以下のような領域があります。

  • スポーツ
  • 外国研究

ここでは、これらの領域において、主観に囚われないキャリア選択の事例を3つ挙げてみます。

スポーツ選手たちの苦渋の決断

陸上選手の悩み

チーターとアスリート

例えば、2001年と2005年の世界陸上で銅メダルを獲得した為末大は、もともと100M短距離走の選手でしたが、高校生のときに100M走の選手としてのアスリート人生を諦め、400Mハードルに集中することにしました。

100Mと言えば、アスリートの花形です。100Mで一番速いアスリートは、「人類の中で最も速く走れる人間」として世界中から注目を浴びます。そのため、花形競技での勝利を諦めることは心理的に簡単なことではありません。100Mから400Mハードルへと転向したときの彼の心情は、

感情的にはそう簡単に割り切れたわけではない。一〇〇メートルという陸上の花形種目からマイナ―種目である四〇〇メートルハードルに移った時点で、僕は一時期、強い葛藤に見舞われた。
「割り切った」
「諦めた」
「逃げた」
こうしたネガティブな感覚を持ち続けた。*1

しかし、彼は自分の能力の限界を認識し、100Mという彼にとってはよりチャレンジングな課題よりも、「勝てる」「メダルが獲れる」という目的を優先させました。自分のこだわりに優先順位をつけて、自分の価値をより引き出すために、こだわりの一部を捨てたということです。

その結果が、日本人としては稀な、陸上短距離でのメダル獲得につながったのです。

スポーツの世界では、やはり努力では到達できない領域というのはあるのでしょう。そうしたときに、チャレンジングかどうかにこだわっていては、いつまでたっても成果が出せないと思われます。

野球選手の悩み

例えばサッカーや野球の場合においては、成果が出せるのであれば「どのポジションでも進んでやる」ぐらいの貪欲さが必要なのではないでしょうか。しかしポジション替えというのはそれほど簡単ではありません。とりわけ当人の心理的葛藤を生み出します。

ただ、野球選手について述べるとポジション替えはよくあることです。イチロー選手も高校時代は交通事故に遭うまで投手でやっていたのは有名な話です。

例えば、オリックス・バファローズのプロ野球選手、糸井嘉男ももともとはピッチャーとしてプロ入りをしました。大学時代に投手として大活躍してプロ入りした彼は「ピッチャー=野球」という先入観を持って育ってきたため、野手への配置転換を聞かされたときは、

糸井には返事ができなかった。踏ん切りがつかないという以前に、これが現実のこととはいまだに思えない。このおれがバッター?ピッチャーじゃなくなる?本当か?(中略)糸井は悩んだ深く傷ついていた。*2

結局彼は、それまでに築きあげてきた、野球選手としてのアイデンティティを殺すことでこの配置換えを受け入れました。

投手だった自分を消す。言わば存在理由を消去してしまう。野手になるにはそれぐらいの全面的な変換が必要だったのだろう。*3

その結果、2009年から2012年まで攻守ともに様々な賞を総なめにしていくことになりました。

外から見ると、投手から野手への転換は大したことのように思えわれませんが、自分のポジションに誇りをもってそれまでの人生を歩んできた当人にとっては、それまでの努力、そして生き様を否定されたも同然です。

自分の誇りやこだわりを捨てられず、「野手をやるぐらいなら、野球やめたほうがいい」と考えていれば、野球選手としてはクビになっていたところでしょう。しかし、実際には多くの野球選手がこのような考えからクビを選んでいます。

糸井の場合は、不本意ながらの配置転換でしたが、自分視点ではたどり着くことのなかったような発想を外から(半ば強制的に)与えられることで、野手としての大成功をつかみ取ることができました。

日本人が外国で外国のことを研究する意義

卑近な例で申し訳ありませんが、私も同じように転身しました。成功したかは別として、1つのキャリア選択の方法としてご覧ください。

外国研究を日本人がする意味とは

ドイツで、ドイツ史を、ドイツ語で!

もともとドイツ史への興味からドイツに来たこともあり、ドイツ史で修士課程を修了しました。ドイツでドイツ史をやること自体私にとってチャレンジングですし、日本のドイツ史研究者にとっても、ドイツは「本場」です。ドイツへの留学は研究者として成功するには必須になっています。

つまり、自分を鍛えるために、どうしてもドイツで、ドイツ史を、ドイツ語でやりたかったのです。

しかし、あるとき以下のことに気が付きました。

ドイツで、ドイツの歴史を、ドイツ語ドイツ人に向かって発表して、ドイツ人同僚と競争しても、読み手への貢献が出来ているのか?自分の努力は、読み手への貢献へと果たしてつながっているのだろうか」

同じレベルの成果を出すのに人並み以上の努力が必要

つまり、ドイツ史の専門家とは言え、ドイツ語は母語ではありませんし、ドイツ史についても、ドイツ人のように子供のときからの教育や環境で土地感が体に染みついているわけではありません。

そのような人間がドイツ史を研究しても、ドイツ人の同僚よりも、史料や文献の読み込みや論文執筆で時間はかかります。*4

「外国人による研究」としてしか見られない

加えて、たとえ素晴らしい成果を出したとしても、ドイツ人同僚側から受け入れられることは比較的少ないと言えます。あくまで、「外国人としては、よくやっている」という受け止められ方です。*5

つまり、努力の割に、返ってくるものが少ないという意味で、コストパフォーマンスが悪いということです。

それならば、日本史を自分の研究の重点に据えればいいんじゃないかということに考えが至りました。

日本人という武器を生かすという、発想の転換

もちろん、この選択肢を「負けた」/「逃げた」と見るという見方も理解できます。私もそれまでは、「日本」に研究の重点を移すことを「負けた」と見ていました。「ドイツまで来ているのに、日本のことを研究しているのは、ドイツ研究で通用しないから」だと。そのため、「ドイツ」から「日本」に研究対象を移すことに葛藤を感じていました。

ドイツ史に関する自分の蓄積に加え、それへのこだわりもありました。

しかし、自分が努力したかどうか、どれだけ大変なことを成し遂げたかどうかは論文の読み手・発表の聞き手にとってどうでもいい事です。というのも、それは個人的事情であり、論文の価値は、執筆者の事情ではなく、論文の内容から生まれます

自分の長所をより発揮できる領域があり、同じ努力で、より多くの付加価値を出せるのであれば、それを選ぶのは、読み手へのインパクトを重視する立場からは当然です。

自分の行動の基準を、主観的なものから、どれだけ付加価値を生み出せるのかという客観的なものへ移したということです。

少なくとも日本史ならば、文献や史料の読み込みもドイツ人の同僚より速いため、ドイツ語での執筆というハンデを補って余りあります。つまり、この領域では、ドイツ人同僚よりも付加価値が出せるということです。*6

もちろん、日本史にも興味があるのは前提です。成功するためだけに仕事をしているのはではなく、選択する仕事は、自分視点、つまり動機と、他者視点から生まれる貢献度という2つの基準が重なるところから生まれる必要があります。

自分中心の視点から、付加価値中心の発想へ

自分のキャリアの選択の基準を、難しいか否かで決めてしまうのは、ポテンシャルを無駄にしています。自分にとってどれだけ大変な課題かという主観的理由は他人にとってどうでもいいことです。しかし、あまりに個人的な心情にこだわりすぎるあまり、より活躍できる機会を失っていることがあります。

もちろん、個人的なこだわりというのは行動の原動力なので、これを無視することはできません。しかし、どの領域なら自分の強みをより発揮できるのか、ライバルに負けない自信があるのかを、キャリア選択のもう1つの軸にすることで、それまでもっていた自分中心の視点とは違った視点から、自分の将来を捉えることができるでしょう。

補足:実際の就職・転職活動において

自分がしたいこと、こだわっていることは自分がよく知っています。しかし、こだわりをもっていても、就職では落とされることがあります。それは、他者への付加価値という別の軸で企業側から判断されているからです。

ある意味、就職活動においては、自分軸(自分がしたいこと)と他者軸(企業にとっての価値)の組み合わせが自動的に機能して、選別が行われています。

しかし、その後の人生においては、自分自身で自分の付加価値を判断していかなければならないことも多々あります。就職活動での選別のように、誰もあなたに適性を事前に教えてくれることもありません。

自分がやりたいと判断して新しく始めた事業も、気付いてみたら、競合に勝てるような強みもなく、どんづまりというようなこともあります。転職活動においても、いつまでも相手企業頼みで自分の市場価値を評価してもらえるというわけではありません。自分の市場価値を一番知りうる立場にあるのは自分です。

そのため、自分が貢献できる付加価値を常に考えながらキャリアを見つめたいものです。

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私の人生について

  • 研究時代編:本記事

ビジネス関連

*1:引用元:為末大『諦める力 〈勝てないのは努力が足りないからじゃない〉』プレジデント社、2013年、 p. 22

*2:引用元:赤坂栄一『プロ野球 コンバート論』2013年、PHP研究所、pp. 45-47

*3:引用元:赤坂栄一『プロ野球 コンバート論』2013年、PHP研究所、p. 53

*4:私の基本的な考え方は、いくら頑張っても、ネイティブの言語能力に限りなく近づくことはできるが、そのレベルが完全に追いつくことはないという考えです

*5:もちろん、素晴らしい日本人研究者の方もおり、これは研究者としての私のレベルが足りていないだけかもしれません。但し、同じ外国人研究者であっても英米仏圏の研究者に対する、ドイツ人研究者の態度はは違います。以上すべては、単なる私見です

*6:為末大のようにしっかりとした結果を出せるかどうかはまた別の話しですが(笑)、すくなくとも論理的には、ありうるシナリオです