元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

【卒業生による東大批判】「辺境」大学に適したグローバル戦略とは

東京大学が勘違いした戦略方針をとっています。

秋入学を導入して留学や社会経験を集めることを重視したり、大学ランキングを上げることを考えたり、はたまたハーバードやオクスブリッジに並ぶことを考えたり。最近では、推薦入試を導入し、高校卒業までの留学体験や語学力を要求したり。

東大が迷走している様を見ていると、東大らしさが失われていっていくようで残念です。

ハーバードやオクスブリッジに並ぶことはそもそも無理な話であり、東大が取るべき戦略でもないでしょう。シンガポールの大学がやっているように授業を全部英語で行い、奨学金や経済的な手当てで世界から学生を呼ぶことも東大の道ではないでしょう。東大には東大しかできない道があるはずです。

ここでは東大がとるべき方策を、人文科学系に限ってですが示していきます。

赤門

東大のビジョンが魅力的ではない原因

結局、長年日本で自他共に認める総合No. 1であったことから、急に世界の大学と比べられるようになっても、まだなお総合ナンバーワンを目指すという目標を捨てることができずにいるように見えます。

例えば、大学憲章では、教養&専門性&国際性を兼ね備えた人材を育成し、世界最高水準の教育を目指すという、いわば、いいものはすべて詰め込んでしまえ的なヴィジョンを描いています。これはマーケットリーダーの戦略であって、無名の大学の戦略ではありません。(東大はグローバルでは無名の田舎大学です)

(教育の目標)
東京大学は、東京大学で学ぶに相応しい資質を有するすべての者に門戸を開き、広い視野を有するとともに高度の専門的知識と理解力、洞察力、実践力、想像力 を兼ね備え、かつ、国際性と開拓者的精神をもった、各分野の指導的人格を養成する。このために東京大学は、学生の個性と学習する権利を尊重しつつ、世界最高水準の教育を追求する。

出典:東京大学憲章 I. 学術 | 東京大学
第二期中期目標・中期計画でも同じような趣旨のことが書かれています。)

こんなスーパーマン教育が世界で実現できるのは、世界中で知名度が高い一部の英語圏の大学に限られます。

資金力も違い、知名度も違い、かつ英語圏と非英語圏という差の存在という彼我の力量差にも関わらず、同じような目標をとっていては、勝てるはずがないのは当然でしょう。

むしろ東大に求められているのは、世界の大学ランキングで43位(2015年:Times Higher Education)や39位(2015年:Quacquarelli Symonds)であることを自覚して、大学のあるべき姿/ヴィジョンを練り直すことです。そしてそれを踏まえて、実際の個々の対策を打っていくことです。

ヴィジョンを作成するために必要なもの

大学戦略を立てて実行に移していくためには、以下のような手順が必要となるのではないでしょうか。

強み・弱み分析
   ↓
ビジョン・憲章作成
   ↓
ビジョンを踏まえた個別プログラムの作成
   ↓
プログラムの成果測定
   ↓
プログラムの修正

ですので、まずは自らの強みをもう一度考え直さなければなりません。すなわち、ハーバードやオクスブリッジが持っておらず、東大がもっているものは何かという問いにまずは答えることが求められています。

自分の強みを自覚し、それを全面に出すことで、限られた領域であれ、トップの座につける土俵を見つける/作り出すことができます。

そうすることでのみ、ニッチな人材市場も見つけられ、かつニッチな人材を世界に送り出していけます。それが、東大が世界で存在感を示す唯一の道ではないでしょうか。

機が熟してくれば、その強みを少しずつ広げて、いつか総合No. 1になれる日が来るかもしれません。しかし、まず最初の第一歩は、自分の資産のたな卸しです。

東大がどの領域でも一番だという、日本国内のイメージは、まず忘れ去ったほうがいいでしょう。このイメージは、日本という狭い「井の中」でのみ通用するブランド資産でしかありません。

それでは東大が持つ強みはなんでしょうか。

東大のもつ強みとは?

大学の活動を一つの流れで表すと以下のようになるでしょう。

資史料の収集・所蔵
 ↓
研究活動
 ↓
研究成果
 ↓
教育

この流れで見た場合、東大には、日本における研究の成果へのアクセスという「研究成果」での強み(強み①と②)と、東大が戦後一貫して掲げてきた教養教育という「教育」での強み(強み③)があるのではないかと思います。

強み①:「周辺」から世界を捉える研究

戦前にはアジアから多くの留学生が日本に来て、日本を通して欧米を研究していました。今ではアジアからの留学生は直接欧米に行って勉強するようになってしまいました。

しかし私は、欧米人による(例えば)歴史研究には、自国/自地域中心の視点が色濃く残っており、それによって欧米人による欧米研究には問題があると考えています。人類史的な立場からの比較研究の蓄積は東大/日本人が持っている強みであると思われます。

この強みを生かすには外国語での発信・教育を行うことで、日本に興味があるわけではない人にも魅力を感じてもらうことが必要になります。彼らにも、(例えば)あえて日本という外野の位置から欧米を捉えることの意義を伝えることができれば、日本を研究対象としている人以外にも、東大での教育・研究に意義を感じてもらえることができるのではないでしょうか。

強み②:日本研究

当たり前ですが、東大は日本に位置しており、日本関連の資史料も豊富です。そのため日本関連の研究で強みをもっていることは明らかでしょう。

こうした研究/教育に魅力を感じて来日する留学生は、強み①で述べた人とは逆に、そもそも日本のことや日本語を勉強したいために日本に来ます。日本が好きで来ているためであって、英語で授業を受けたいからではありありません。

ですので、彼らに対して英語での授業を提供するなど意味が全くわかりません。教養学部に「国際日本研究コース」(International Program on Japan in East Asia)という英語コースができているようですが、これはその典型例です。英語で日本のことを勉強するのであれば、アメリカの大学に留学して、そこで英語を使って日本のことを勉強するのと違いが出ません。

そのため、日本研究においては、留学生に事務や住居などの対応を決め細やかにすることが必要なだけであり、授業を英語でするというような、媚びは必要ないかと思います。

強み③:教養教育と専門教育の融合/連携

上の大学憲章でもあった通り、東大は教養性と専門性という二兎を追っています。これはある意味、弱みでもあります。専門性を全面に押し出したヨーロッパ大陸型の教育と、教養に多くの時間を割くアメリカ型のタイプ*の間で、埋もれてしまう可能性があります。

*間違っていたら教えてください。

ただ東大には、教養性と専門性を組み合わせようとしてきた実績があることを考えれば、教養性と専門性のシナジーに特化して、そこに特徴を見出していくことは可能ではないでしょうか。そのためにはこのシナジーを今よりも中心に据えるような、カリキュラムの改変が必要になると思います。

例えば、駒場と本郷との連携をより強めることが考えられるのではないでしょうか。

こうした強みを踏まえた大学憲章・ヴィジョンこそが、グローバルで存在感を示すには求められています。

東大は世界のなかで自分の置かれたポジションに適った戦略を立てるべき

世界で無名という現実にも関わらず、東大は総合No.1を目指すという夢をあきらめきれていません。はっきり言って、東大が持っている資源では総合No. 1は無理です。そんな過去のしがらみを打ち捨てて、まずはニッチな市場で勝負していくべきでしょう。総合No. 1はニッチな市場を押さえてからでも遅くはありません。

そのためにはまず、英語圏のトップ大学にはない東大の強みを認識することが重要です。そしてその強みをどうやって海外留学生に対する魅力へと変えていけるのかを考えるべきです。海外からの留学生にも魅力あるようなビジョンを立て、かつそれを実際の打ち手へと具体化できてこそ、一貫性のある大学運営が可能でしょう。

ただ、奨学金や授業料免除の充実というような、アジアの金持ち大学や英語圏の有名大学の後追いをしていては、強みを生かせずジリ貧になってしまいます。

繰り返しになりますが、一番重要なことは、そもそも東大とはどういう特色を持った大学なのかを認識してもらうために、大学憲章の中で、他国の有名大学と見まがうことのないヴィジョンを明確に描くことです。

一旦魅力的で実現度の高いヴィジョンを描ければ、それ以降の詳細な施策は、ここからある程度自動的/演繹的に導き出せるはずです。

この長期的な方向性が見えていれば、秋入学であろうと、推薦入試であろうと、このヴィジョンとの整合性という観点から良し悪しが判断できます。個々の施策の良し悪しはヴィジョンという価値の機軸がしっかりしていない限り、議論できないでしょう。

一卒業生として、東大には頑張っていただきたいです。

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