ひょんなことから、あるドイツ人と「たまごっち」の話しになりました。
でも何か会話が噛み合わないところがあったので、その会話をちょっと紹介します。
日本のたまごっちを懐かしむ私
私も子どもの頃はたまごっちやデジモンを手に取って楽しんだので、それなりに思い入れがあります。第1世代のたまごっちは、特にレアな白色バージョンが10万円で取引されていたことがメディアで話題になっており、メディアに踊らされて、子ども心ながら、喉から手が出るほど欲しかったです。
第2世代以降はレア感が薄れましたが、それでもしばらくは社会現象になっていました。
スマホもなかった時代、自分のペットをいたるところに持ち運べるという感覚は、自分の音楽をどこにでも持っていけるウォークマンと同じような革新性を持っていました。
ドイツのTamagotchi
さてこんなことを思い出としてドイツ人に語っていると、ドイツでもたまごっちは流行ったということを話してきました。ドイツでもたまごっちはブームになったことに驚いてしまいました。
しかしよくよく事情を聞いてみると、どうも同じ「たまごっち」を話しているのか疑問に思えてきました。
ちなみに実際に彼の「たまごっち」を見せてもらいたかったのですが、家中探しても見つからなかったとのことです。そのため、四角うんぬんという下りは彼の記憶が間違っているのか、はたまた、「たまごっち」もどきのぱちモンを彼が「たまごっち」と勘違いしていたのかは検証不可能でした。
ドイツでは実際にはオリジナルも手に入ったはずだけど・・・
あくまで個別事例ですので、ドイツで売られていた「たまごっち」すべてがぱちモンだった訳ではありません。
ドイツではオリジナルは1997年から発売され、著名人がメディアでもたまごっち愛を語ったりした結果、200万個も売れたそうです。
参照記事:
①Tamagotchi-Hype in den neunziger Jahren - SPIEGEL ONLINE
②Tamagotchis Monster-Bruder: - WELT
つまり、オリジナルたまごっちは彼も知ってておかしくないはずなのですが・・・
ちなみに2014年の時点から振り返った、ドイツ人が抱くたまごっちへの感想は、以下のドイツ語の記事に代表されるのではないでしょうか。
遊んでいる者は何も得られないし、「たまごっち」はいずれにせよ死んでしまう。せいぜい、「充実した」長い人生を与えることしかできない。そのための代償は、寝不足、(日常生活の)制約、常にストレスだ。(やりたくないけど)引き受ける、ほとんどマゾ的なものを含んでいる。
もしかしたら、「たまごっち」は日本のような制約の多い社会でしか生まれないのかもしれない。
引用記事:Tamagotchi-Hype in den neunziger Jahren - SPIEGEL ONLINE (カッコ内は引用者による補足)
つまり、意味のわからんあんなゲームが何で流行ったのかよくわからない。日本のような制限の多い社会だからこそ、マゾ的なものとしか思えないたまごっちが生まれたのだろう、というものです。
最近のたまごっちは進化している
最近は、新たな製品が登場したり、原宿にたまごっちショップが出来たり、それなりに復活しているみたいです。
アプリとしてもダウンロード出来たようですが、2016年9月末にサービスを終了してしまいました。
ただ、ノラ猫に餌をやって、猫の写真をコレクションする「ねこあつめ」といったペット育成アプリに「たまごっち」の精神は受け継がれていったのではないでしょうか。
デジタルなペットという、新しい概念が一般的になっていった嚆矢ともいえます。