日本で過労自殺する人は年間2000-3000人にものぼります。そのほとんどが被雇用者、つまり会社員です。*1
死ぬということは、本当に人生の終わりを意味しています。しかしそれでも、死を選ばなければならないということは、よっぽど追い詰められて、目の前の仕事/会社に命を懸けてまで踏みとどまらなくてはならないと思い込んでいるからです。
まずは過労自殺の原因を探り、それを踏まえて、過労自殺にまで追い込まれないための方法を会社員としての視点から見ていきます。
過労自殺の原因
過労自殺の原因として考えられるものには、以下の2つの種類があります。
- 仕事自体に由来するもの
- 人間関係に由来するもの
この2つは、交じりあって見られることもありますが、ここでは過労自殺の原因を理解しやすくするために、まずは別々に説明していきます。
仕事自体に由来するもの
仕事の量
仕事自体に由来するものとして第一に、過剰労働のような、仕事量自体が多いという状況が考えられます。この場合は、尋常でない仕事量をこなすために、長時間労働になったりしてしまい、体に疲労がたまっていくと同時に、余暇が少ないために精神的にも参ってしまいます。
そして睡眠時間もなかなか取れずに、正常な判断ができなくなってしまいます。
このような例として、とある食品関連の会社に入社したAさんの例があります。
[入社から半年後の]10月から一人で2社3店舗の営業を担当するようになってから、急速に労働時間が増えた。
(中略)
出勤時間は規則上8時半だが、新人のAさんは午前7時半には出勤して机を拭いたり掃除をしたりしていた。また、Aさんは夜10時までの仕事が常態化し、12時を超える日もあり、朝4時に会社を出た日さえあった。
(中略)
弁護士の調査や労働基準監督署(労基署)の認定では、Aさんの時間外労働時間は月100時間を優に超えていた。
引用元:川人 博、山下 敏雅「過労自殺の現状と課題」p. 38、太字と内は引用者
ノルマ達成へのストレスと取引先担当者との関係の悪化もあり、Aさんは12月に自殺してしまいます。
仕事の難易度
第二に、仕事自体が難易度が高すぎるということもあります。
その場合、仕事をこなすのに時間がかかってしまい、心身ともに過度な負担がかかってしまいます。また、難易度が高すぎるために失敗してしまうことにもなり、その失敗のストレスも降りかかってきます。
製薬会社の品質管理責任者となったBさんはその例でしょう。
・1996年10月に品質管理責任者となり、前任課長が病気で倒れ、また他に定年退職した者もあり、これらの補充がなく、人員は徐々に減らされる傾向にあった。この結果、被災者の責任と負担が増した。
・現場のトラブルに適切な対応ができず、周囲や部下から文句が出され、馬鹿にされた。
・規格書の改訂のため労力と時間を要し、期限である11月26日に終了する見込みがなく、心理的負荷を与えた。
引用元:川人法律事務所、太字は引用者
この結果、Bさんは品質管理責任者になった約1年後に自殺してしまいます。
この例では、新しい責任がBさんに降りかかったとともに、その為に必要なサポートを周りから得られなかったことが自殺の原因と考えられます。
人間関係に由来するもの
仕事に人間関係は欠かせません。
上司、同僚、部下、取引先とのやり取りにおいては、ビジネスといえども、やはり人間なので、嫌な点が目に付いたり、感情が生じてしまいます。
こうした人間関係において心無い人がいると、顔を見るだけでも大きなストレスになります。
例①上司からの暴言
新任の上司から受けた暴言によって精神をやられて自殺してしまったCさんは、製薬会社でMRとして働いていました。
Cさんの遺書には、この上司から受けた暴言が書いてあり、さらに上司とのコミュニケーションも最悪の状態でした。
「お前は会社をクイモノにしている、給料泥棒!」
「車のガソリン代がもったいない」
「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑して
いる。お前のカミさんも気がしれん、お願いだか
ら消えてくれ!」「何処へ飛ばされようと俺が○○[Cさん]は仕事しない奴
だと言いふらしたる!」(中略)
「病院の廻り方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの」などが[遺書には書いて]あり、また、暴言だけでなく、当該上司はB[C]さんと雑談はおろか業務上の相談・アドバイスさえ行わなかった。
引用元:川人 博、山下 敏雅「過労自殺の現状と課題」p. 39、太字と内は引用者
このような暴言で心身ともに付かれていたCさんは仕事上のミスを繰り返すようになりついに自殺してしまいます。
例②パワハラ
人間関係がメインでないにしても、社内におけるいじめが認められた例が、大手広告代理店社員のDさんでした。この事件は最高裁でも争われました。*2
Dさんは長時間労働と睡眠不足で心身ともに疲れ切ってきましたが、それに加えて社内でのいじめ行為も認められました。結局Dさんは自殺するのですが、社内におけるいじめとして、以下のような行為があったそうです。
酒の席で上司から靴の中にビールを注がれて飲むよう求められたり靴の踵部分で叩かれたりするなどのいじめ
引用元:川人 博、山下 敏雅「過労自殺の現状と課題」、p. 42
長時間労働で追い詰められたDさんにとって、酒の席とはいえ、上司から受けたこうした辱めはさらなる精神的な負担となったことは間違いありません。
複合的要因による心身の疲れ
こうした要因はそれぞれ単独で過労自殺へとつながるのではなく、多くの場合、並行して発生して被雇用者の心身をむしばんでいきます。
部下を罵詈雑言で精神的に追い詰める上司は、仕事の振り方においても配慮がなく、部下の精神状態に気を払うこともありません。
会社のせいで自殺しないための方法
ではこうした要因で追い詰められて自殺するのはなぜか。
*以下デリケートな話題なので、1つの私見として読んでください。
なぜ会社を辞めないのか
こうした事件の概要を見ていくと、真っ先に頭に思い浮かぶことがあります。それは、「なぜ会社を辞めないのか」ということです。*3
というのも、上に挙げた原因はすべて会社関連のもので、その会社を辞めればすべて解決する類のものだからです。
しかし、会社の事情が原因で死を選んでしまう人の中には、「今の会社を辞める=人生の終わり/負け」と思っているのではないでしょうか。会社での仕事内容なり人間関係なりに問題があるのだとすれば、会社を辞めれば解決することです。それが、いきなり生死の問題へと転化するということは、「今勤めている会社=人生」と考えているところがあるからでしょう。
私が言いたいことは、「今勤めている会社=人生」ではないということです。
死ぬことは人生のゲームオーバーですが、会社を辞めても人生のゲームオーバーではありません。
他にもいい会社はたくさんありますし、もしかしたら今より条件のいい会社があるかもしれません。ただ、それを知らないだけです。「知らない=存在しない」わけではありません。
特に若いうちには、転職ができる可能性は高いでしょう。
そのため、思い詰めている人に言いたいことは、「あなたは知らない」ということを知ってください、自分の知っている世界を世界のすべてと思わないでください、ということです。
そのように考えられるようになると、「この会社でうまくいかなかったら終わり」というように思い詰めることはないと思います。
代替案を持っておくための心構え
「会社の外に飛び出す」という選択肢を思いつくためには、出来れば会社に入ったときから、
- 会社がつぶれた場合:「この会社がつぶれたどうするのか」
- 会社で追い詰められた場合:「この会社の中で息詰まったらどうするのか」
を考えることが重要です。
そうした危機感を常に持っていると、自然と、「そのような場合が起きるまでに、次の会社で活かせるような知識や人脈をどうやって身に付けていこうか」という個人のキャリア・プランが具体的に生まれてきます。
つまり、自分の業界に限らず情報のアンテナを張っておき、スキルアップを貪欲に磨いていけるようになります。これが労働市場を生き残る不可欠の条件です。
このように、会社の看板なしでも生きていけるようなスキルを身に付けておけば、会社がつぶれて労働市場に急に投げ出されても、どこかの会社に拾ってもらえます。
また、過労自殺に追い込まれるような環境であっても、今の会社を辞めるという選択肢を選ぶことができます。
会社を辞めるぐらいなら、死んだ方がまし?
「会社を辞めるぐらいなら、死んだ方がまし」と思わないでください。あなたの知らない会社がまだたくさんあります。もしかしたら、今の会社よりも、やりたいことや人間関係の点で優っているかもしれません。
死ぬことは本当の「終わり」です。会社を辞めることは人生の「終わり」ではありません。
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*1:参照記事:平成28年版過労死等防止対策白書 p. 19、21
*2:平成10(オ)217 損害賠償請求事件 平成12年3月24日 最高裁判所第二小法廷 判決 その他 東京高等裁判所
*3:それぞれいろんな事情があって「辞められない」とは思いますが