元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

戦略コンサルタントとして身に付く能力をわかりやすく解説

戦略コンサルタントという職業は外資系投資銀行と並んで、ハードかつやりがいのある仕事と言われます。加えて、ビジネスマンとして普通の企業で働くよりも何倍ものスピードでの成長が見込まれるともいわれます。そのためもあって、就職活動においても人気上位の一角を占めています。

ではコンサルタント業に就くと、具体的にはどのような能力が身に付くのでしょうか?

私のコンサルタントとしての体験をもとに説明すると同時に、私がコンサルタント業を辞めた理由について説明していきます。*1

戦略・経営コンサルティングとして学び取れること

私とコンサルティング

ドイツの大学院を卒業してから、紆余曲折を経て戦略・経営コンサルタントとなった私ですが、数年で職を変えて、研究業に戻ることにしました。

というのも私は、コンサルタントして学びたかったことをすべて学んだと感じたからです。

戦略・経営コンサルタントとは

そもそも、戦略・経営コンサルタントとは、クライアントの経営課題を解決するためのお手伝いすることを仕事としています。数ヶ月を区切りとしたサイクルの中で、新しい業種、新しい分野でのプロジェクトに参加します。

そのため、常に勉強し続ける必要があり、業務知識に勝るクライアントの前で、どのようにして付加価値を出せるのかを悩みながら仕事をすることになります。

そのため、普通の会社の数倍の速さで経験が蓄積していきます。

内容としては非常にやりがいのある仕事です。*2

コンサルタントとしての体験

そうした仕事内容と成長の速さに興味を持ち始め、コンサルタントとしての考え方を学びたくてコンサル業に飛び込みました。

しかし当初はプロジェクトの何が肝なのかもつかめず、上司の指示を単に実施するだけでも苦労しました。しかも、1つのプロジェクトがうまく行ったと思っても、次のプロジェクトではなぜかうまく行かないこともよくありました。そのたびに、業務時間がほぼ無限に伸びてしまい、体力的にきつくなったときもありました。

しかし、何とか早く家に帰りたいクライアントや上司の期待を上回るようになりたいという思いから、2つ以上の上のランクの人の動きを常に注意深く観察するようになりました。

特にその人の立場にたって、自分だったらこうするのに、というシミュレーションを常に繰り返し、自分とその人との差を考えていきました。そして、どうすればその差を埋めることができるのかを意識しながら仕事をするようになりました。*3

そうして失敗と成功を繰り返しながら、次第にコツをつかめるようになってからは、「コンサルタント業において何が重要なのか」ということを、単なる知識としてではなく、身をもって理解できるようになりました。

ここでは、私が最も重要と考える点に絞って、コンサルタントとして学べることを述べていきます。実際書いてみると当たり前のように聞こえますが、「当たり前のこと」=「簡単なこと」ではありません。

オーストリアの行動学者、コンラート・ローレンツ(ノーベル賞受賞者)の格言を引用して、「当たり前に聞こえる」ということと、「実際にそれを実行する」ことは別ものということを示しておきます。

「考えた」ということは、「言った」とは限らない
「言った」ということは、「[相手の]耳に正しく入った」とは限らない
「耳に入った」ということは、「正しく理解された」とは限らない
「理解された」ということは、「同意された」とは限らない
「同意された」ということは、「実行に移された」とは限らない
「実行に移された」ということは、「[その後も]使われ続ける」というわけではまだない
コンラート・ローレンツ*4

この格言では、以下の事柄が同じことではなく、それぞれ次の段階に移るためには努力や工夫が必要ということを言っています。

  1. 自分が考える
  2. 自分が話す
  3. 相手が耳をかす
  4. 相手が正しく理解する
  5. 相手が同意する
  6. 相手がそれを実行する
  7. 相手がそれを継続して自分のものにする

コンサルティングで学んだ技術

私がコンサルティングで身に付けた重要なことは、以下の3つです。

  • 付加価値を意識する
  • 論理的であること
  • 仮説思考

付加価値を意識せざるを得ないからこそ、論理的であり、かつ仮説思考を使わなければなりません。つまり、付加価値志向がすべての源です。

自分の付加価値を常に意識する

自分の付加価値とは何か、どうすれば付加価値を出せるのかは、コンサルタントとしての最も基本的な考え方です。

自分が、報酬としてもらっているお金の分だけはせめてチーム、ひいてはクライアントに貢献できているのかは、上司も含め周りの言動から意識させられます。

それは簡単な例で述べると、会議で発言しないのであればその場にいなくてもいいわけです。チームに何ら貢献をしていません。そう考えると、会議に参加している以上、自分が出来ることは何かを必死で考えざるをえません。

しかし、付加価値は常に他者に対して発生するため、他者目線を常に意識することになります。つまり、相手が求めていることに対して先回りをして、相手の課題を解決すること。これが、付加価値の源泉です。

それは、相手が明示的に求めていることだけではなく、相手が潜在的に必要としていることも含まれます。つまり、相手が聞きたくないことも、それが相手にとって良いことと判断すれば、伝える必要があります。

そして、そのような提案を他者(クライアント、上司、同僚、部下)に納得感をもって受け入れてもらい、行動してもらうための1つの手段が、徹底的な論理性です。

ひたすら論理的であること

では、論理的だと感じてもらうためには、どうすべきなのでしょうか。

重要なことは、本質をつかむことで情報の流れを意識して制御することです。そのためには、「考えるというプロセス」について徹底的に考えることが求められます。ここでは、情報の流れの内、奥行を意識することの重要性を述べていきます。

の論理性

情報には始まりと終わりがあります。

つまり何のために(why?)何をし、結論は何なのか(so what?)ということです。そして、この始まりと終わりの間には、分析や論証、具体例といったものが入り、「始まりの目的」と「最後の結果」をつなぎ合わせます。

抽象的な主張は具体的な主張に分解され、また主張はその理由によって支えられることで初めて、論理の1つの流れが生まれます。これによって、話の内容を納得感をもって相手に伝えることができます。

例:M社の企業文化を変えるためには?

例えば、

「自動車会社Mは不祥事が続いている。この会社の企業文化を変える必要がある。ではどうすれば、企業文化を変えることができるのか」*5

という問いに対して、それは

「内部監査の仕組みを機能させて、不祥事が起きないようにする必要がある」

と主張しても、企業文化からいきなり内部監査へと話しが移って急な感じを与えます。たとえその結論が正しいものであったとしてもです。つまり論理が飛躍しています。

まずは、

「企業文化とは何か?」

という根本的な定義から入り、さらに文化を

文化=「人の動き方」

と定義すると、

「企業文化を変えるということは、企業内における人の行動パターンを変えるということ。ということは、行動パターンを規定するインセンティブを変えれば、行動パターンも変えられるかもしれない」

という仮説へとつながってきます。つまりインセンティブの問題へと具体化できます。

このように、企業文化を変えるための主張を一歩一歩、具体化していくように論理を進めることができれば、縦の一貫した論理が生まれてきます。ここでは「企業文化」という抽象的な言葉を、具体的に施策が打ち出せるレベルまで具体化しています。

つまり、

  • 抽象的なもの→具体的なものへ
  • ある主張→その論拠へ

という論理の流れを作ることで情報を整理し、目的から結論までが万人に納得の行くような形で論理を流すこと、これが縦の論理性です。

の論理性

また、横の関係においても論理的である必要があります。それはつまり、1つ上の要素を十分支えられるほど十分に、論拠や例、説明、分解がなされているのかどうかということです。

例①「片手落ち」な、売り上げ向上策

例えば、「売り上げを増やす」というお題があるとき、この目的を達成するためには「お客さんをたくさん呼び込めばいい」と論理をつなげても、それは片手落ちです。

売り上げ=顧客数×顧客単価

と捉えると、「顧客数」だけではなく、「顧客単価」についても言及する必要があります。

つまり売り上げという要素をについて述べる場合、必ず「顧客数」と「顧客単価」を合わせて述べる必要があることです。

例②「~すべき5つの理由」って他にも理由ないの?

もう1つ別の例を出すと、ネット記事には「~すべき5つの理由」のような記事があります。*6

そのほとんどが、理由を5つ列挙しているだけで、それぞれの理由の間の関係も、他にも別の理由があるのかどうかもはっきりさせない書き方がなされています。

これだと、反論の余地も生まれてきますし、言いっぱなし感が出てしまい論理性はゼロです。

例えば、映画をストリーミングで見るためにアマゾンプライムに登録すべき理由を述べる場合を考えてみます。この記事に説得力を持たせるのであれば、以下のように、漏れが無いような枠組みをまずは考え、それに沿って説明していく必要があります。

  • 製品(Product)
    • 量:品揃え(提供されている映画の数)
    • 質:品質(好きなジャンルの作品/最新作品があるかどうか)
  • 値段(Price)
    • アマゾン以外のサービスとの価格比較
  • 場所(Placement)
    • アクセスのしやすさ(視聴の際にストリーミングが遅くないかどうかetc.)
  • 販売(Promotion)→該当なし
*4Pはあくまで売り手側から見たフレームワークなので、買い手側から見ると少し違和感がありますが、あくまで例として理解してください。

こうしたように、漏れもダブりもなく考える方法をMECE思考法といいますが、これについては以下の記事で詳細に説明しております。*7

重要な点を抑えながら理由を述べていくことで、アマゾンプライムに登録すべき理由が体系的に説明できます。

要素分解やMECE(または、その補助的手段としてのフレームワーク)という手法を使えば、重要な点をすべて網羅しながら論拠や分析の論点を示すことができます。

こうすることで横の論理性が担保され、それが支える主張の納得感が増します。

奥行:相手から見た重要性の濃淡

さらに重要なことは、聞き手がすでに持っている情報や関心です。

ある情報は相手にとって、すでに知っている情報であったり、当たり前の情報であったりする場合があります。そのような情報は簡単に述べる程度にとどめ、相手にとって興味があるような情報、相手が納得しそうにない箇所により多く説明を割く必要があります。

つまり、縦と横に織りあげられた論理の網の中で、どの情報に重点を置くべきかを相手の状況を考えながら決定していくことが、相手を納得させるために必要となります。

提供する情報に濃淡をつけない限り、冗長さが生まれてきます。

このような3次元思考、つまり縦、横、奥行きを使って情報の流れをコントロールすること、これが論理的な印象を相手に与える手段となります。

積み木

仮説思考

迅速に結果を出す必要性

そして、上に挙げたような論理性でがっちり固められた内容であっても、依頼を出してから1年たって結果を伝えられても、クライアントを取り巻く状況は変化してしまっています。

コンサルタントは、クライアントが出来ないことをするという点に付加価値があるため、こうした結果に、クライアントも驚くほどの迅速性をもって結論にたどり着く必要があります。

素早く結果にたどり着くためには、

  • 効率性を高める(=質を高める)
  • 長時間労働をする(=量を増やす)

のどちらか、もしくは両方を行う必要があります。

長時間労働は誰しも避けたいため、どうしても効率性を高めてアウトプットを迅速に出す必要があります。そのための道具の1つが仮説思考です。

仮の答えをもとに迅速に結果にたどり着く

仮説思考とは、無数に考えられるシナリオの中から、手元のある情報や経験をもとに正解に近いであろうシナリオを前もって描いておき、そのシナリオを優先的に検証していく方法です。

もちろん検証の過程で事前のシナリオを修正することもありますし、シナリオが当たっていない場合は、別のシナリオを考え一から検証しなおす必要もあります。しかし、経験がたまってくると、「全く一からやり直し」という事態になることはあまりありません。

それに対して、すべての可能性をしらみつぶしに検証していては、時間がかかりすぎます。仮説思考で節約した分の時間は別の作業にも使うことが出来、結果的には初めから当たりをつけて作業したほうが良い成果が生まれます。

将棋で言うと、昔のAI将棋が、すべての可能性を考えて次の一手を考えていたのに対し、プロ棋士は、過去の経験から確からしいルートを優先的に検討していたということと同じです。もちろんプロ棋士の思考方法が仮説思考に当たります。

付加価値志向と3次元思考と仮説思考

こうした考え方はコンサルタント本の多くに載っていますが、これらの本はあくまで技術を提供しているだけで、それを読んだだけで、コンサルタントの思考法を身に付けることが出来るわけではありません。

しかし、こうした知識を頭の片隅におきながら、クライアントや上司の前で冷や汗をかき、その結果、必死で自分の付加価値を考え抜くこと。これによって、

  • What:どのような成果に(3次元思考:縦と横の論理)
  • How fast:どれだけ速くたどり着き(仮説思考)
  • How:それをどのように伝えるのか(3次元思考:奥行)

を意識できるようになっていきます。*8

以上、コンサルタントとして学び取れることのうち、最も重要なことを書いてきましたが、これは読むと当然で出来そうに見えますが、実際にやってみると簡単なことではなりません。

加えて、こうしたことはコンサルタントに限らず仕事をしていく上で必要なスキルです。ただ、コンサルタントは業務知識がクライアントよりも少ない分、こうしたスキルで付加価値を出さないといけないため、これらをより鋭敏に磨いていくことになります。

私がコンサルタントを辞めた理由

さて、こうした思考法を身に付けたのですが、あるとき、「これ以上コンサルタントを続けても、ビジネスの勘が身に付くだけで、それはビジネス以外への汎用性がないのではないか」と考えるようになりました。

つまり、汎用性があるのはコンサルタント特有の「考え方」だけであって、これ以上コンサルファームにいても、ビジネス以外で使えるものは得られないと思うようになりました。

また、もともと研究の道を考えてドイツへ留学していたこともあり、再度研究をしてみたいという気持ちも生まれていました。ちょうどその頃に本を出す機会にも恵まれたことも影響しています。

コンサルタント業において、自分が今後の人生で必要とする知識はすべて得られたという充足感と、学業への関心から、私はコンサルタントを辞めることにしました。

そしてコンサルタントとしてこのような知識を生かして研究を行おうとしていますが、それも一筋縄には行きません。研究者としての苦悩が続くのですが、続きとなる研究生活については、下の関連記事の中の「研究時代編」をご覧ください。

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私の人生について

  • コンサルタント時代編:本記事

ビジネス関連

*1:ポジションやクライアントの業種、個人の資質によって、それぞれ異なった「学び」がありますので、ここで述べる内容は、あくまで私個人の体験として捉えてください。以下はスタッフとして働いた経験を基にしています

*2:クライアント企業の戦略策定を助けるプロジェクト運営と聞くと、ガラス張りの建物の中で一日中頭を使って手を汚さない仕事のように聞こえますが、実際は地道にインタビューを繰り返し、仮説を検証していって、提案にいたります。全然派手な仕事ではありません

*3:守秘義務の関係上、業務の具体的な体験談については書いていません。あくまで、大まかな内容にとどめています

*4:Gedacht heißt nicht immer gesagt,/ gesagt heißt nicht immer richtig gehört,/ gehört heißt nicht immer richtig verstanden,/ verstanden heißt nicht immer einverstanden,/ einverstanden heißt nicht immer angewendet,/ angewendet heißt noch lange nicht beibehalten.
Konrad Lorenz [引用者による補足]

*5:わかり易さのため、企業文化を変える以外にも不祥事を防ぐ方法があるという可能性はここでは考えません

*6:私も使っていますが

*7:但し、4Pといった有名なフレームワークはあくまで、MECEを助けるための例でしかありません。「フレームワークを覚えること」=「MECE思考を体得すること」ではありません

*8:もちろん、コンサルタントに限らずこうした思考法を持っている人はいます