元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

学士、修士、博士。海外留学はどのタイミングがベストなのか?

「留学したい!」と思っても、

  • 高校を出てから留学した方がよいのか
  • 学部を卒業してからなのか
  • 修士課程を卒業してからなのか

どのタイミングで留学すればいいのか迷っている人もいるかと思います。

ここでは私の実体験及び見聞に基づいて、それぞれのタイミングでの留学がはらむメリットデメリットを紹介していきたいと思います。留学の際にはこうした情報を参考にしてみて下さい。*1

留学はタイミングが重要

学士課程に留学する場合

まず、学士の段階、つまり日本の大学を卒業せずに最終学歴が高卒の状態で留学する場合について考えてみたいと思います。

メリット:吸収できることの幅広さ

学士段階で留学しようとする場合、比較的に若い時期に留学することになるでしょう。そのため一般に、新しい環境への適応能力も高いといえます。つまり、現地の言葉や環境にも慣れやすいということです。

不慣れな外国語との格闘というものが留学にはつきものですが、若い時のほうが外国語の習得が進むのは間違いありません。

加えて、学士課程という基礎課程においては、専門的なことも、基礎的なところから勉強しなければなりません。その中で、現地の学生と一緒に筆記試験をこなし、口頭試験を受け、レポートを書いていきます。それも、必ずしも事前知識があるとは限らないテーマについてです。

また、単位を揃えないと卒業できないというプレッシャーのもとで労苦を共にする仲間として中で、現地学生と交流する機会も多くあります。

そうした体験から、比較的広い範囲のテーマについて読み・書き・話し・聞くことができる言語能力と専門性が身に付きます。

デメリット

しかしながら学士段階での留学にはデメリットが2つあります。

それは

  • 授業への理解度
  • 日本語でのアウトプット力

という点で観られます。

授業への理解が低くなりがち

1つ目のデメリットは、専門的な基礎訓練が留学時に欠如しているために、少なくとも留学当初は授業の理解が不十分になりがちということです。

日本の大学で学士を取っていない場合、専門的な基礎訓練はまだ完了していないと考えていいでしょう。そうした基礎知識がないうちに留学すると、現地での専門教育についていくことが難しいことがあります。

というのも現地の授業において、すでに専門知識があれば言語力の不足を補うことが出来るからです。授業の20-30%でも事前にその内容を理解していると、授業では、残りの授業内容の70-80%を理解するだけでよく、授業についていきやすくなります。

こうしたことから、学士課程という早い段階で留学した場合、

授業についていけない
  ↓
楽しくない
  ↓
勉強する気が起きない
  ↓
授業にさらについていけない

という悪循環に陥り、中退してしまう危険も高くなります。

日本語でのアウトプットが難しくなる

2つ目のデメリットは、現地で習得した専門知識を日本語でアウトプットしようとしても、日本語の表現が出てこないということです。というのも、専門知識と現地語が分かちがたく結びついてしまっているからです。

例えば私はドイツでラテン語を勉強しました。しかし、日本では全く勉強したことがありませんでした。そのため、ラテン語をドイツ語へは翻訳できますが、日本語へはすぐに翻訳できません。またラテン語の文法知識について考える場合も、ドイツ語を使って考えたほうが手っ取り早くできます。

植民地における知識人が、宗主国の言語で高等教育を受けていたため、知的な作業は、現地語ではなく宗主国の言語で行っていたこととも共通するものがあります。

留学の場合も同様で、留学中に勉強したことに関する知的作業を日本語で行うことは難しくなります。

博士課程に留学する場合

修士課程での留学の場合を考える前に、博士課程への留学のメリット、デメリットを考えてみたいと思います。そうしたケースとしては、

  • 日本の修士課程を卒業してから留学する場合
  • 日本の博士課程に在籍しながら留学する場合

が考えられます。

博士過程からの留学のメリット・デメリットは、学士課程の場合とちょうど反対です。

メリット:吸収した知識のアウトプットが日本語でもできる

専門的な訓練を日本で十分に受けてから留学しているため、現地で吸収した知識は日本語でも表現が容易です。つまり知的作業を現地語でしづらくなるといったような弊害を避けることができます。

デメリット

話す・聞く能力が向上しない

博士課程ではとりわけ人文科学の分野において、自分の研究テーマについて(基本的に)一人で調べ、それを発表するという形になります。つまり、学士課程とは違って他の学生と机を並べて勉強するという体験をあまりしません。

そのため、他の学生と話す機会も少なくなり、読み書き能力は上達したとしても話す聞くといった能力は伸びづらくなります

外国語で表現できるテーマが偏ったものとなる

加えて、新しいテーマを(強制的に)一から勉強させられる機会もありません。取り組むテーマが非常に限られているということです。

博士課程では、特定のテーマに集中していればよく、全く自分の知らない分野についてゼロから取り組むことも少ないため、精神的には楽です。つまり、コンフォート・ゾーンにいることが多くなります。今までやってきたことを、そのままルーティン的に続けていけば良いだけだからです。

しかし新しいことに取り組むことが少ない分、身に付く語彙や表現も偏ったものになりがちです。

聞いた話ですが、こうしたことをよく表すのが、西欧から来た、ある江戸時代についての研究者のエピソードです。彼が日本に来た際に、郵便局に行きました。しかし彼の日本語は、郵便局の人にはあまり通じませんでした。というのも彼が使った表現は江戸時代のものが大半だったからです。彼にとっての「日本語」とは、自分が今まで読んできた文語体の日本語だったのでしょう。

同じことが、博士課程から留学する日本人にも言えます。

本の中でしか外国語を知らないと、単語のニュアンスがいつまでも身に付きません。一体その言葉が書き言葉なのか話し言葉なのか、日常のどのような状況でその言葉を使うのが自然なのかがわからないということです。

博士課程での留学では、自然な言語感覚を身に付けることは難しいでしょう。

修士課程に留学する場合

最後に修士課程について述べておきます。

修士課程での留学でのメリット・デメリットは、学士と博士の場合のちょうど中間のような位置にあります。もちろん国によって修士課程で要求される勉強内容は異なってきます。しかしながら一般的には修士課程では、通常の授業への参加が求められることになります。

そのため、バランスの取れた言語能力が発達します。

また、日本の学士課程で培った専門知識を利用することができるため、ドロップアウトも少なく、学習内容を日本語でも現地語でもアウトプットできるようになります。

良く言えば、学士/博士留学のいいとこどり、悪く言えば言語も研究も中途半端と言えます。

どのタイミングで留学するのがベストなのか?

どのタイミングで留学するのが良いのかという答えは、自分がどのようなことを留学に求めているのかによって異なるでしょう。

言語も含めて幅広い知識を現地語で身に着けたいと考えていれば、早い段階での留学をおススメします。しかし、繰り返しになりますが、早い段階での留学は、卒業できずに中退してしまうというリスクも伴います。

また、自分の研究を深められればそれでよいという考えであれば、無理して早い段階で留学する必要もありません。

そのため留学を考える際には、自分のしたいことを明確にしておくことが大切です。

具体的には、留学を終えた時点での理想の姿を想像してみましょう。それは、ペラペラに現地語を使いこなせる姿なのか、それとも専門家としての姿ですか?

そうした未来図を明確にしておくことで、どの段階で留学するのが最適なのかがわかります。

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*1:この記事で述べているメリットやデメリットには、あくまで個人差があります。あくまで目安として捉えてみて下さい