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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

ドイツ人の考えるケルン集団犯罪の原因とその問題点

ドイツ ドイツ-政治・経済・文化

*2016/2/16更新

大晦日でのケルンでの集団犯罪を受けて難民問題が大きく議論されていますが、この犯罪を受けて議論されている対策には大きな偏りがあり、いくつかの課題を含んでいます。扱いを誤まると、極右への支持が急速に広がる可能性も秘めています。

しかし対策がはらむこの問題性は、ドイツ人が集団犯罪の原因がどこにあると考えているのかを検討しない限り見えてきません。そのためまずは、ドイツ人がこの集団犯罪とそれに関する問題の原因をどのように捉えているか見ていきます。

ケルン大聖堂

まず、メディアでの報道を元に整理してみます。

この問題の原因は大きく分けて、①大晦日の現場で起きたこと②その後の警察の対応に分けられます。そして①大晦日の現場で起きたことでは イ.容疑者の行動と ロ. 警察の対応に分けてみることができます。

この構図に従って、ドイツ・メディアの言説を追ってみます。

 

①2015年12月31日のケルン駅前の現場における原因

イ. 容疑者の行動

ここではまずは容疑者側の動機に今回の事件の原因を見ようとする記事が見られます。

原因1 難民はアルコールと花火の扱いに慣れていない

この記事では、難民はアルコールと花火を節制をもって楽しむことに慣れておらず、酔っ払って制御を失ったことが今回の事件だとある難民はインタビューで答えています。

参照記事:Flüchtlinge sprechen über Köln: „Es war wie auf dem Viehmarkt“ - Inland - FAZ

原因2 イスラム圏での女性の扱い

  • 20世紀初頭のカイロ

カイロでは20世紀に、急速な人口流入によって都市文化がリベラル性を失い、「農村化」が進みました。農村からの人口流入以前の1900年ごろのカイロはヨーロッパ志向で、生活スタイルはパリやロンドンを模範としていました。教養中間層が存在しており、宗教はプライベートな世界のもので、公的生活には影響がありませんでした。

  • 1945年以降の都市の「農村化」

しかし第二次世界大戦後には人口流入の影響で、カイロの人口は1945年あたりの200万から、1980年ごろには1000万人、現在は1600万人です。

一方で、この人口流入をうまく処理し、農村出身者を都市文化に取り込むことに失敗しました。そこでは経済的な上昇の可能性を失った農村出身者が、行き場を失い、農村から持ち込んだ保守的な価値観や行動様式にしがみ続けてきたとしています。

そうした宗教的に保守的な価値観をもち、家父長制の下で育った成年男性は必要な結婚資金をためることができず、性的な不満がたまり、性犯罪が多発しているということです。

興味深いのが、その性犯罪の例として電車での性犯罪を挙げて、その対策としてカイロの電車での女性専用車両について書いています。日本も痴漢や女性専用車両があって似ていますね。

話がずれましたが、女性への性犯罪が「日常」となっているアラブ世界から、難民がその行動様式を一緒に持ってきているのではないかということがこれらの記事の趣旨です。

参照記事:

  • イスラム世界における一般的な女性蔑視

アラブ圏で女性が置かれた状況に関する寄稿記事もあります。

この記事では現在のイスラム文化を議論することの必要性を述べています。イスラムを批判することはムスリム教徒を侮辱することではないというのは確かです。

続けて、ドイツでも性犯罪はあり、オクトーバーフェストやカーニバルでそれは見られるので、アラブ系による性犯罪を取り分けて強調するのはあおりにしかすぎないるのではないのかという、ある意味相対化する議論に対して、アラブ圏ではドイツのお祭り騒ぎが日常になっていてそれが問題であると指摘しています。

イスラムの「保守的または家父長的な」文化を議論するにも、ドイツ社会にはイスラムに関する教養もなく、政治家もイメージで議論しているのではないかと思います。それゆえに、ケルンのような事件が起きると、一方では難民=ムスリム=保守的と考えると考え、ヨーロッパ文化と合わない難民を一括して排除しようとする主張が表れ、他方で、一つの犯罪に過ぎないとして、そういった保守派の言論を、イスラムへの侮辱で憎悪を煽っていると批判する左派の主張が表れるのでしょう。

やはり、まずはイスラムの現状を知らないとダメですね。

ロ. 現場での警察の対応

次に、容疑者とは別の当事者であるのが警察です。そのため、警察の側にもこの事件の原因を探る意見が出てくるのは必然でした。

  • 警察官が不足していた、それも難民対応で人手が足りていなかった

この点では、容疑者の数が多く、警察は人数的にも、装備の面でも取り締まることができなかったという証言がされています。

それは偶然その場に駆けつけた警察官が少なかったのではなく、警察官が恒常的に人手不足に陥っており、規定の定員に達していないということが原因とされています。加えて、ケルンを含むノルトラインヴェストファーレン州の警官が、難民対応のために南部バイエルンの国境に派遣されていたことが人手不足に拍車をかけたという発言も、組合側からなされています。

  • 警察官不足の背景

これは、ドイツでの一般的な労働力不足と関係があるのでしょう。この労働力不足の認識があったからこそ、ドイツは移民政策の一環として難民を受け入れるようになった面があります。

つまり、技術者、それも技術者の卵が足りていないということが将来のドイツ経済の足を引っ張るのではないという議論が数年前からなされていました。

②その後の警察の対応

ここではおもに警察による「事実の隠蔽」が問題にされています。

警察は当初、ケルンでの大晦日は平和的であったとし、中央駅で起きたことは発表していませんでした。

この対応も批判されましたが、それよりも警察は内部では報告があったにもかかわらず、容疑者のプロファイルを公表するのをためらっていました。

そのため警察は、容疑者が難民である可能性があることをはっきり話しませんでした。この対応について警察は、今回の対応が、容疑者報道で所属宗教や民族について述べないという報道コードに従っただけだという説明を後からしています。political correctnessが警察の言い分です。

これが、メディアや警察による「事実の隠蔽」とネット上で批判されることになっています。

またこの出来事は、もともと右翼を中心に広がっていた、メインストリーム・メディアや政治は政治的に偏りのある報道や発表をし、都合の悪いことは公にしないという陰謀説に油を注ぐことになっています。

原因と議論されている対策の対応関係

このように、ドイツでの原因探しの言説を見てくると、ドイツで今議論されている対策には抜け漏れがあります。すなわち、捜し求められる原因は以上の三つにも関わらず、政治で議論されているのは①イ.に関するものに集中しています。

*以下、「→」は議論されている対策を指し示す

①大晦日の現場で起きたこと

  • イ.容疑者の行動

→難民向けの、ドイツ社会への順応を進める学習支援を強化

→犯罪を犯した難民への強制送還措置適用の厳格化

ある公営プールが、18歳以上の難民の入場を禁止していることが議論を呼んでいますが、これも、アラブ圏での女性観を問題視することから生じた措置でしょう。

ただこのプール入場措置は一時的だったようで、2016年1月中には解除されています。

他にも、フライブルクにあるディスコは難民に対して出入り禁止措置をとっており、これが人種差別的な措置ではないかとも議論されています。

参考記事:Angst vor Übergriffen: Zutrittsverbot für Flüchtlinge in Freiburger Discos - Flüchtlingskrise - FAZ

(2016/2/16追記)
難民、またはアラブ系の顔立ちをした人のディスコ入場を拒む現象について、ディスコオーナーが、自分たちの当然の権利のように主張しています。

これについて記事の中で、それまでコソコソと話していた事柄が、大晦日の事件をきっかけにおおっぴらに話されるようになったが、それはタブーがなくなったかのようと形容しています。

  • ロ. 警察の対応

→これに対応した対策の議論は現在のところ見当たらない

②その後の警察の対応

→これに対応した対策の議論は現在のところ見当たらない。そのためこのテーマは、極右によるメディア・政権批判に格好の材料を与えるとともに、極右の唱える政府・メディア陰謀説の温床となっています。

(2016/2/16追記)

→ザクセン州ではこれまで緊縮が絶対であったが、方針を転換し、550人の警備用警官を半年の短期間(通常の警官養成機関は三年)で緊急に養成することになりました(2015年2月時点)。極右によるデモや難民対応(施設前でのデモ対応や施設内での問題対応)で人手不足がもう限界にきていたとのことです。

ケルンでの集団犯罪を受けての対策に潜む問題性

偏向性① 難民に原因を求める議論は十分になされている

難民がもっているイスラム文化に原因を求める「①大晦日の現場で起きたこと イ.容疑者の行動」議論とそれへの対策は、「外」に原因を求める性格を帯びているため、ドイツ人にとって今回の集団犯罪の教訓として受け入れやすいでしょう。

そのためもあってか、実際に多くの記事がこのテーマで書かれており、多くのドイツ人もこれがケルンでの事件の主要な原因と考えています。

偏向性② 警察官不足への指摘は不十分

他方で、「①大晦日の現場で起きたこと ロ.警察の対応」も重大な問題であると思いますがあまり表立って議論されませんね。警官の不足は直接治安に関わってくるはずです。

(2016/2/16追記)
応急手当的な措置として、簡易な職業訓練を受けた警備用警官がザクセン州で大量に採用されています。

偏向性③ ポリティカルコレクトな難民対応の一辺倒では極右の台頭につながる

加えて「②その後の警察の対応」についても徐々に議論されてはいますが、そのままに放置して極右にプロパガンダの材料として使われてしまいます。なんらかの対応が必要でしょう。

そうでないと、フランスやポーランドで極右に近い政治勢力による政権参加がドイツでも見られるようになるかもしれません。実際、AfD(ドイツのための代替案)という、かなりポピュラリズム的な極右政党の台頭に、既存政党はかなり警戒しています。

いずれにせよこの難民問題はメルケル政権の支持率低下という問題よりも大きな問題、すなわちこれまで様々な行政措置で戦ってきたネオナチや極右が大衆的支持を集めて政治に本格的に進出してくるかという問題に関わっています。

ケルンでの今回の事件で、ドイツは瀬戸際に立たされているのかもしれません。手練の政治家メルケルがこの危機をどう乗り越えるのか見ものです。

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