さて今回は、理転されて、かつドイツで修士号を修められたnanakoさんにご寄稿願いました。現在は大学院を修了し、次のステップに踏み出されようとしているところですので、ついこないだまでの体験を記事にしていただいております。そのため、かなり新鮮な体験記となっています。
読むだけでnanakoさんの体験を追体験できますので、苦労も緊張も成長も喜びも含めて、留学気分に浸れます。ぜひとも楽しんでみて下さい。
----------------以下、寄稿文----------------
はじめまして、nanako(@__nanakom)です。
私は2017年10月からドイツ・ダルムシュタット工科大学(Technische Universität Darmstadt, TU Darmstadt)のコンピュータサイエンス(以下、CS)修士課程に在籍しています。
つい先日、修士論文の成績が確定し、ようやく全ての課程が修了したところです。今回の寄稿ではこれまでの大学院生活を振り返り、個人的な体験を書き残しておきたいと思います。ドイツの大学院に進学を考えている方や現在在学中の方、あるいはキャリアチェンジを考えている方にとって、少しでも参考になるところがあれば幸いです。
I ドイツに行くまで
1. 新卒就職とキャリアの悩み
ドイツの大学院の話をする前に、まずは私の来歴となぜドイツの大学院に進むことにしたのかを紹介させてください。
日本の大学の文学部を卒業した私は新卒で国内のIT系企業に就職し、バックオフィス系の仕事をしていました。組織の都合で、新卒採用から予算管理、販売促進やプロジェクト運営まで、担当した業務は多岐に渡りましたが、いわゆる文系総合職にありがちな悩みで、求められた仕事に取り組んでいるだけでは何年経ってもこれといって何もできない人のままになるのではないか、このまま漫然と働き続けていていいのか、ずっと不安に思っていました。
2. 独学でITの勉強を始める
状況を打開するため、転職するにせよ現職に留まるにせよ、この業界で働き続けるのであれば最低限ITのことを知っておくべきではないかと考え、時間外や休日を使って独学で勉強を始めました。何から手をつけていいかわからなかったので、まずは資格かと思っては基本・応用情報技術者試験の資格を取ってみたり、LinuxというOSが業務システムで使用されていると知ってはそれをインストールしてみたりしました。幸いなことに同僚には優秀なITエンジニアが山ほどいたため、わからないことがあればいくらでも質問をできる環境にありました。
しかし先立つものがない状況ではモチベーションを保つのは難しく、また、残業や休日出勤などがある中で勉強時間を確保することにも限界を感じていました。同じ頃、当時ドイツで働いていた現在の夫と結婚することになり、今後どうするか選択をしなければならない時期に来ていました。
せっかく新卒で入った会社を辞めたくない気持ちが強かったのですが、夫が今後も海外でキャリアを積むことを希望していたため、私がドイツに行くことで話が進みました。ただ、ドイツは日本と違い、大学の専攻が職業に直結します。
ドイツで職を得るためには、ドイツ語をビジネスレベルまで習得して現職の経験を活かせる仕事を探すか、あるいは、学位を取り直してその専攻に関係する仕事(できれば英語可)を探す、という大まかに2つの選択肢がありましたが、悩んだ挙句、後者を選びました。
まず、私は外国語学習が非常に不得手で、英語ですらままならないのに1-2年でドイツ語をビジネスレベルにするなど、とても現実的なプランとは思えませんでした。さらに、夫がドイツ以外の国に転職する可能性もあったため、語学力が要の仕事に就くのであれば、その都度新しい言語を上級レベルにしなければなりません。そもそも言語が出来るというのは現地の人にとっては大前提であり、特化した専門技能が求められない業務で他の候補者より自分に秀でている点があるかというと、厳しいのではないかと思いました。ITエンジニアであれば非英語圏であっても英語での求人が一定数あること、また、独学とはいえ多少は馴染みのある分野であったことから、コンピュータサイエンスの学位取得を目指すことにしました。
とはいうものの、文学部を卒業して、働き始めて結構な年数が経ってから、大学に戻って一転、理系の学位を取ったなどという話は(少なくとも自分の周りでは)聞いたこともありませんでした。いったいそんなことができるのか疑問でしたが、いくら考えてもそれより妥当なプランが思いつかず、やるしかないという気持ちで挑戦してみることにしたのです。
3. 退職して日本の大学(学部)へ
ドイツのCS修士課程への入学にはCSまたは同系列の学士号が必須であったため、いきなり修士課程から始めることはできませんでした。一方、学部の場合は大学院と異なり、英語のみで卒業できるプログラムを開講している大学は非常に限られていました。
検討した結果、学士入学制度(既に学士号を持つ人が2年間専門課程を学ぶことで他学部の学士を取得できる制度)を利用して、ドイツではなくまず日本で2年間かけてCS相当の学士を取り、その後ドイツの修士課程に進むことを目標にしました。
30歳を目前にして退職してフルタイム学生になり、ときに年齢が10個も下の学生たちに混ざって講義を受けました。基礎から始めつつも2年間で学部4年相当のレベルに追いつき、卒業論文も書かないといけないので、できるだけ多くの単位を履修しながら、国際学会でのワークショップ/ポスター発表、開発者コミュニティの国際カンファレンスでの発表など、外に示せる業績を積み上げることを意識しました。学士入学した先の研究室のファカルティや学生の方々には本当によくしてもらい、そこでなかったら私のような珍妙な経歴の人間が快適に過ごすことは難しかっただろうと思います。
II ドイツに行ってから
4. ドイツ大学院への出願準備
日本で二度目の大学を卒業した後はドイツに移り、学生扱いのインターンとして企業で働きつつ、冬学期からの入学に向けてドイツの大学院に出願しました。(以下、私の受験時のドイツの大学院入試について書きますが、傾向として共通する面はあるものの、大学および年度によっても入試要件は異なるため、出願予定の方は必ず大学の公式情報を参照してください。)
ドイツの大学院は多くの場合、書類審査で入学が決まります。特に「修士課程で前提となる内容を学部で履修しているか」という部分が審査の主な対象となります。学部の成績表とシラバスを提出することによって、学部課程のなかで特定の科目をすでに履修しており出願先の大学の入学要件を満たしていることを証明します。
こうした事情のため、ドイツの大学院への出願を考えているのであれば、出願先で入学時に必要とされている科目を予め確認し、それに向けて学部在学中に単位をもれなく取得しておくことが大事です。出願先が求める科目が所属する学部・学科の必修科目にない場合、例えば当該科目が他学部で開講されているのであれば(卒業単位にはならなくても)必ず履修しておきましょう。語学やGREなどのスコアは卒業してからでも取ることができますが、単位だけは在学中にしか取得できないので、必要な単位は必ず卒業までに揃えておくことが重要です。
TU Darmstadtのキャンパス
ただし必要科目を100%満たしていないと入学できないかといえば、必ずしもそうではありません。入学後2セメスター以内に不足している単位(学部生向けに開講されている授業)を履修することを条件に合格することもあります。入学後に周りに聞いてみると、ドイツ以外の大学出身者の大多数が1-2科目を事後履修するという条件付き入学でした。私も「ソフトウェア工学」の単位が足りていないという判断で条件付き合格になり、最初のセメスターに当該科目の口頭試験を受けました。一方で、あまりに出願先の必要科目と学部での取得科目に解離があって、「必要な条件を満たしていない」という判断で不合格になったプログラムもありました。
そのほかの要件として、語学レベルがあります。ドイツ語プログラムであればドイツ語の、英語プログラムであればIELTSなどの英語テストのスコアが必要です。私の出願先ではIELTS overall 6.5が必要でした。英語圏の大学に比べると若干低めの水準ですが、英語が苦手な私のような人間にとってはそれなりの準備が必要です。
米国大学院の出願において推薦状はほぼ必須だと思いますが、ドイツではあまり一般的ではないようです。私が出願した3大学4プログラム中で推薦状が必要なのは1プログラムのみでした。縁あって著名な先生の推薦状を貰うことができましたが、必要科目が足りていないという判断であっさり落ちたので(その修士プログラムはCSの中でも応用数学に近い分野だったため数学系の科目が不足と見做された)、推薦状よりも学部での科目履修状況の方が重要であるような気がします。進学先のダルムシュタット工科大学では推薦状は不要でした。
GREは出願した範囲では必要ありませんでしたが、同じ大学の同じプログラムへの出願でも特定の国の大学出身者に対してはGREのスコアが求められる場合もありました。なお、特に要件にはなっていないものの、必要な時に参照できるよう、卒論はできるだけ英語で書いておいた方がいいと思います。
5. 合格通知から入学まで
私が進学したのはダルムシュタット工科大学という、フランクフルト近郊の都市ダルムシュタット(Darmstadt)にある工科大学です。日本ではあまり馴染みのない街だと思いますが、工科大学の他にも専門大学(Hochschule)やフラウンホーファー研究所などの研究機関がある学術都市で、大手医薬品会社メルク(独)の本社があることでも有名です。
大学のメインエントランス
ダルムシュタット工科大学はドイツの「九工科大学」(TU9)と呼ばれる工科大学連合のうちの一つで、特に機械工学分野で高い評価を受けていますが、CSにおいてもCSRankingのヨーロッパ地域*1において、ドイツ勢では2位のマックスプランク研究所、9位のミュンヘン工科大(TU Munich)に次いで10位に付けており、ヨーロッパ/ドイツにおけるCS分野のトップ大学のうちの一つです。
大学に隣接する公園。左の白い建物がコンピュータサイエンス学科が入居している棟
9月または10月に始まる冬学期入学に向けて、4月から7月の間に出願を行いました。(大学によっては、あるいはドイツ国外からの応募の場合は、これより前の1月から3月の間に出願の締め切りが設定されていることもあります。)
ダルムシュタット工科大学以外の出願先からは締切日から1ヶ月程度で早々に合否の連絡が来ていましたが、ダルムシュタット工科大学からは9月になっても何の音沙汰もありませんでした。しびれを切らして、「いったいどういうステータスなのか教えてほしい」と大学にメールしたところ、「あなたは合格しているので入学手続きをしてオリエンテーションに来てください」と返信がありました。
しかし、そのメールには手続きの方法も何も書いておらず、どうすればいいのか尋ねても(返事がないので2回送ったにも関わらず)返信はなし。出願ポータルのステータスも未だ「審査中」。そのうち正式なオファーレターが送られて来るのだろうと待っていましたが、1週間経っても何もなく、大学に直接電話(10回かけてようやく繋がった)してみたところ、発送されているはずのオファーレターが届いていないことが判明。「今週中にやるね」と言われましたが、「急いでいるので今すぐやって欲しい」と食い下がったら、翌日までにちゃんとオファーレターの電子版が届きました。
書類をよく見ると入学手続きの締め切りは1週間後に迫っており、大慌てで大学に赴くことになったのでした。正式なレターが家に届いたのは更に1週間後のこと。
電話したのがもう少し遅かったら入学手続き期限を過ぎていたかもしれません。
6. 同期と学習グループ
10月の初旬に3日間のオリエンテーションに出席した後、次の週から講義が始まりました。CS学科には複数の修士プログラムが設置されており、同じCSの枠組みの中でもプログラムによって必修科目が少しずつ異なります。私は英語のみで卒業できるプログラムに所属していました。このプログラム専用に英語の講義が用意されているわけではなく、CS学科では英語で開講されている科目が多くあるので、その中から履修することになります。学科全体から見ると英語プログラムの学生は限られているので、実際の講義の履修者は通常のドイツ語プログラムの学生が大多数でした。
2017年の冬学期に同じプログラムに入学した同期は、私を含めて6名。シリア人女性、シリア人男性、モロッコ人男性、インド人女性、中国人女性、そして日本人女性の私、という構成でした。以前は同プログラムにセメスターあたり100名程度の入学者がいましたが、私が入学する前のセメスターから審査基準を変更し、入学が厳しくなっていました。そんな中でなぜ私が合格したのかよくわかりませんでしたが、書類を見て総合的に判断ということだったので、国際学会での発表実績やドイツに来てからのインターンなどが考慮されたのかもしれません。
人数が少ない分、同期はすぐに仲良くなり、何でも協力し合うようになりました。大学内で、シリア、インド、中国の出身国コミュニティは大きく、知り合いが一人もいない状態で入学した私は、同期の彼らを通じて各コミュニティで共有されている授業や試験などの学生生活に関わる情報にアクセスすることができ、非常に助かりました。
中でも特にシリア人男性の同期とは、30前後で歳が近いことやどちらも社会人経験が長いこと、物事の考え方なども一致するところが多く、すぐに意気投合し、その後の学生生活のなかで最も長い時間一緒に過ごすことになりました。彼は同期の中でも最速の2年と1ヶ月であっという間に修士課程を卒業し、現在はドイツの大手企業でソフトウェアエンジニアとして働いています。
彼と中国人女性の同期、それから授業で知り合った同じプログラムに数期前に入学した友人と4人で科目毎に学習グループを組んでいました。2セメスター目以降は私にとって目新しい内容の科目ばかりだったため、講義を聞いても全然理解できないことがよくありましたが、友人たちと一緒に毎週の課題と試験対策を続けることで、わからない部分をカバーし合うことができました。
大学の中庭と図書館
また、毎日時間を決めて集合することで勉強のペースを作ることができ、モチベーションを維持するのにもよい効果がありました。とりわけ私にとっては、難しい問題を易々と解く友人が、一体どういう手順でその問題を捉え、理解し、解答を導いているのか、その思考プロセスを側で学ぶことが出来たのは大きな収穫でした。大学の講義の質には満足していましたが、それでも在学中に学んだことの多くは、友人たちと学び、考え、議論した経験からもたらされたものだと思っています。
友人たちといつも利用していたLearnzentrumと呼ばれるグループ学習スペース。試験前は朝から晩までここに詰めていました
7. 大学院のカリキュラム
日本の修士課程との最も大きな違いは、ドイツの修士課程は「研究」よりも「授業」の比重が高いことです。研究らしいことをするのは修士論文を書く時くらいで、日本の大学のように研究室に所属するということはありません。研究をしたい人は博士課程に進学します。
私の所属していたコースでは、卒業単位数が120CP(CP、Credit Point = 単位)となっており、そのうち講義科目が90CP、修士論文が30CPという構成でした。 CPは欧州共通の単位制度で、1CPあたり25-30時間の学習時間(講義時間含む)と定義されています。科目の難易度やコマ数によって異なるCPが与えられており、週1コマの程度の科目で3CP、一般的な講義科目は6-9CPに設定されていました。以下の各モジュール毎に最低取得単位数が定められています。
- 分散システム
- コンピュータネットワークとシステムソフトウェア
- 形式手法/プログラミング言語/ソフトウェア工学
- セミナー/プロジェクト/ラボ
講義科目90CPのうち、必ずセミナー科目とプロジェクト又はラボ科目を最低1個ずつ取らなければなりません。この2つは修士論文のためのトレーニングにも相当し、セミナー科目では論文のサーベイとサーベイに基づくショートペーパーの執筆とプレゼンをします。プロジェクト/ラボ科目ではサーベイに加え、何か実装をして動くプログラムを制作し、発表します。
ドイツの大学には「学年」という概念はなく、必要な単位を取り終わったらその時点で卒業になります。逆にいえば必要単位が揃わない限り、何年経っても卒業できません。毎期30CPずつ履修すれば4セメスター(セメスター=半年、4セメスターで2年)で修了できる計算になりますが、2年以内に修了するのは難しく、5セメスター以上かかるのが実情です。10セメスター(5年)程度かけて修了する人も珍しくはありますが、実際にそういう友人もいます。自分から何か働きかけない限り、大学がこちらをケアしてくれることはないので、自分で履修計画を立てて実行していく必要があります。
なお、ドイツでは学費は公費によって賄われているので、基本的に学生の授業料の負担はありません(MBAなどは除く)。州によっては外国人留学生に学費を要求するところもありますが、私の大学のあるヘッセン州では外国人であっても授業料はかかりませんでした。授業料以外の経費として、セメスター毎に登録料として260ユーロ程度を支払いました。これにはセメスターチケットと呼ばれる、州内の公共交通機関(バス、トラム、普通列車)の乗り放題券が含まれています。
キャンパス内の学食(Mensa)にて、ある日の昼食
学部によっては在学中に半年間のインターンをすることが修了要件になっているところもあります。所属プログラムではインターンは必須ではありませんでしたが、就業経験を積むために半年間のインターンをしたり、学生アルバイト(Werkstudent)としてソフトウェア企業で働いている人が多かった印象です。修士を取った後はそのままその会社に就職するケースもよくありました。
8. 過酷な試験と2セメスター目での失敗
ドイツの大学を卒業する困難さの大きな要因はその試験にあります。
ドイツの大学に共通する制度として「同じ科目の試験を3回不合格になったら退学」というルールがあります。3回もチャンスがあったら受かるだろうと思われるかもしれませんが、試験の不合格率が3割を超えることも珍しくありません。各科目毎に毎週大量の課題が出ますが、課題の評価はあくまで試験に合格した際の上乗せでしかなく、単位が取れるかどうかは原則試験一発勝負で決まります。同じ科目の講義は夏または冬学期のどちらかしか開講されませんが、試験は毎学期末に行われ、必ずしも講義を受けた学期末に受ける必要はありません。例えば講義を夏学期に受けて、試験は次の冬学期末に受けることも可能です。
試験前は毎度緊張し、言うなれば大学入試と同じくらいのプレッシャーを感じていました。試験開始の1時間前から会場付近の廊下に待機、震える手でページをめくりながら入室直前までノートに目を通していました。あくまで私のケースですが、毎講義に出席してノートを取り、授業の後フォローアップの復習をし、毎週課題をこなした上で、試験前10日間はその科目「のみ」を朝から晩まで勉強して、ようやくギリギリ試験を通過できるかどうかという負荷でした。
(左)紙一枚持ち込み可の試験のためのチートシート。0.3ミリのペンで情報を詰め込む。(右)講義中はiPadでメモを取っていましたが、情報の整理や試験対策で紙のノートも大活躍
1セメスター目(2017年10月から2018年3月まで)はまだ生活や試験に不慣れなので、前提知識に自信のあった科目のみ数を絞って履修しました。外国に住むことも初めてで、英語で行われる授業の内容もろくに聞き取れず、目の前のことをこなすだけで精一杯でした。奇跡的に、最初のセメスターはぎりぎりの点数で全単位を取得できました。
ところが2セメスター目(2018年4月から2018年9月まで)にあたる夏学期に、非常に重要な科目を2つも落とすことになります。1つは私にとっては新しい内容の科目で、結構な時間をかけて準備をして試験に臨んだものの、不合格でした。もう一方は逆に自信があった科目で、学習グループを組んでいる友達に私が教える方の立場だったにも関わらず、私以外全員パスして私だけが落ちました。
この結果は履修計画にも大きな影響を与えましたが、何より試験を受けることが恐ろしくなり、もともとなかった自信をますます喪失しました。試験結果を見たときの「もう修士を続けられないかもしれない」というショックは今でも忘れられません。
しかし同時にこの失敗から、いくつかの重要なことを学びました。まず、試験をパスするためには、ただ闇雲に勉強するだけでなく、様々な方面からの「試験対策」をしなければならないということです。それには例えば、試験日程が詰まっているようであれば次の学期に受験を延期することや、友達のネットワークを使って過去問の情報を入手し、どういった問題が出るのか想定しておくこと、外国語で速くかつ的確な解答を書くトレーニングをすることなどが含まれます。
2セメスター目は夏学期でしたが、夏学期はクリスマス休暇を挟まない分、学期開始から試験が始まるまでの期間が短く、冬学期のように休暇を費やして途中で遅れを挽回する時間がありません。冬学期は試験日程が2月から4月の間に分散して設定されることが多いのに対し、夏学期はバケーション前の7月に日程が集中する傾向があります。2セメスター目は振り返ると、1科目を除き全ての試験とセミナー科目の最終発表が7月に集中し、スケジュールが明らかに過密でした。そして、不合格だった2科目のうちの1科目については、アウトプットする訓練の不足、特に英語で速く的確に回答するスキルが不足していることが不合格の要因と考えました。
2セメスター目の失敗で大きな精神的ダメージを負いましたが、試験の不合格を経験したことにより、逆にどうしたら落第を避けられるのかが見えてきました。3セメスター目(2018年10月から2019年3月まで)に当たる次の冬学期では、プロジェクト科目を進めつつ、新規試験5科目に加え、2セメスター目で不合格になった2科目の再受験を全てパスし、かつ半数以上で1.0から2.0の成績(ドイツでは1.0が最上位、0.3-0.4刻みで4.0までがpass。5.0がfail)を修めることができました。再試2科目のうちの1科目では、その学期の受験者内トップの成績を取ることができ、その結果、教授から声をかけられ、授業の学生アシスタント(Student Assistant)として雇ってもらうことになりました。のちにその研究室で修論テーマと指導教官を見つけて修士論文を書くことになったので、人間万事塞翁が馬とはよく言ったものだと思いました。
4セメスター目(2019年4月から2019年9月まで)は残り僅かとなった講義科目を履修しつつ、主に修士論文の準備をしていました。
5セメスター目(2019年10月から2020年3月まで)の開始直後に修士論文の本登録をし、6セメスター目(2020年4月から2020年 9月まで)にあたる今期、修士論文を提出して無事卒業となりました。
キャンパスすぐ近くの広場で開かれるクリスマスマーケット。毎年友人たちと訪れるのが恒例行事に
9. 学生アシスタントについて
4セメスター目は修士論文のテーマ選定と検証を主に行っていましたが、学生アシスタントとして働いたのもこのセメスターでした。
授業に関する受講者からの質疑対応、毎週の課題の採点が主な仕事でした。私を含め修士の学生アシスタントは3名いましたが、100名以上の課題を採点するのは思った以上に大変でした。処理する枚数が多いだけではなく、採点結果の公開と同時に抗議や質問のメールがたくさん寄せられるため、それに応える必要がありました。教室で課題の解説をするのは博士課程のTeaching Assistant(TA)の担当でしたが、たまに私たち学生アシスタントにもその役目が周ってきて、教壇で話す経験もしました。また、期末試験の受験者数も100名を超えたため、教授の研究室のメンバー全員と私たち学生アシスタントまで採点に召集されました。
採点者側になってわかったことは、字はめちゃくちゃ汚くても構わないということと、試験レビュー(Exam Review)には絶対に行くべきということです。
ドイツでは試験結果の発表後に、試験レビューという採点された自分の答案を閲覧する機会が設けられ、採点に対して異議を唱えることができます。択一問題でもない限り、採点に迷うグレーな解答というのはいくらでもあります。私がある曖昧な答案について正解とするか迷い、TAに相談したところ「とりあえずこの採点でいいよ。認識が違うようならレビューで本人が言ってくるでしょう。抗議があったら考え直そう」と言われたのです。また、採点の際、検算やダブルチェックは行われていませんでした。もし採点者が合計点を間違えていたら、そのままです。それゆえ、試験レビューで採点の足し算のミスを発見し成績が上がった、なんてことはよくあります。これは友人の身に起きたことですが、ある試験で不合格という結果が通知され、レビューに行ってみたら、あるセクションの点数が丸ごと合計点から抜け落ちていて、実際には合格だったということもありました。
このように、採点者は試験レビューを含めて採点が完了するという意識でいるのです。レビューは試験と同じくらい大切と思って出席し、少しでも議論の余地があれば声を上げてみることをおすすめします。
10.修士論文を書くまで
講義科目を90CP取得できる目処がたったら、最後に修士論文に取りかかります。修士論文を書くためには
- 1) 論文のテーマと指導教官の決定
- 2) テーマの検証
- 3) 単位の本登録
というプロセスを辿ります。3)の本登録後は、登録日から6ヶ月以内に論文を提出しなければなりません。修士論文の単位は30CPで6ヶ月という期間に設定されていますが、それはあくまで3)の登録開始からの期間であって、実際には1)および2)のステップを含めると、多くの場合+3ヶ月程度を要します。私の場合、
- 1)に約2ヶ月
- 2)に3ヶ月
- 3)は新型コロナの影響で1ヶ月半ほど延長になったため7ヶ月半
というように、研究テーマを探し始めた段階から数えると提出までおおよそ1年かかりました。
修士論文には大きく分けて2つの執筆形態があります。
- 学内でテーマと指導者を探す場合と、
- 外部(企業や他大学)で修論を書く場合
です。
ドイツには「修論インターン」という制度があり、企業で修士論文の指導を受けることができます。企業で修士論文を書くメリットとしては、
- 修士論文を書きながらフルタイムの給料がもらえること、
- うまくいけばその企業に就職できる可能性があること
などがあります。
一方、企業で修論を書く場合でも、必ず大学の教授に共同メンターになってもらう必要があるのですが、その役目を引き受けたがる人があまりおらず、特にうちの大学では修論インターンは推奨されていませんでした。(修論インターンの名目にもかかわらず、学生にプロダクトの開発ばかりやらせるなど、トラブルが発生した過去があるため)それでも実際に近隣のソフトウェア企業のSAPや自動車部品メーカーのコンチネンタルなどの企業で修論を書いていた友人もいました。
一般的には学内でテーマと指導教官を探します。修士論文の直接の指導者は原則、ポスドクまたは博士課程の学生です。ドイツの博士学生は大学から給料が支払われているので、修論指導も彼らの仕事の一環です。教授および准教授などのファカルティとは登録時の面談、中間・最終発表で数回顔を合わせるくらいです。テーマと指導教官の探し方ですが、
- 公募されているテーマの中から探す方法と、
- 指導教官と相談してテーマを決める方法
があります。
まず公募を見て申し込む場合ですが、これは各研究室が手持ちの修論テーマをwebや大学の廊下に掲示しているので、その中から興味のあるトピックを選び、担当者に連絡をします。その際、当該テーマを進めるにあたって必要なスキルを有しているか確認されます。課題やテストが与えられたり、そのテーマを選んだ場合の指導教官と面談をしたりします。合格すればそのテーマに取り組むことができますが、不合格の場合はまた別のテーマに応募しなければなりません。修論のテーマ・指導教官探しは就職活動のようなものです。正面から公募で申し込む方法は難しいことが多く、なぜなら掲示してあるテーマの中に自分の興味やスキルにマッチするものがなかったり、また掲示されている情報が古かったりするためです。
そのため、修論を始めるより前から、めぼしい研究トピックがある研究室の人とコネクションを作っておくことが大切になります。よくあるのが、セミナー・プロジェクト/ラボ科目で指導教官となってくれた人に修論の指導教官になってもらうパターンです。これらの科目で好成績を残せれば向こうから修論のオファーをくれることもありますし、セミナーまたはプロジェクト/ラボ科目でやったテーマを拡張したテーマを修論にすることもできます。修論のことを考えると、興味のある分野のセミナーやプロジェクト/ラボ科目を履修するのがいいと思います。
その他の方法として、試験で良い成績を取ることが挙げられます。どの研究室も優秀な学生に来て欲しいので、試験で成績優秀だった場合、教授からHiWiと呼ばれる研究室のアルバイト(授業のアシスタントだったり、研究の補助だったりします)のオファーが来たり、成績上位者をねぎらうため(その実、優秀な学生をスカウトするため)の研究室のお茶会に呼ばれたりします。お茶会ではその研究室に所属するポスドク・博士学生が現在どのような研究をしていて、どのような修論テーマがあるか紹介してくれます。そういった場で顔見知りになって修論の指導をお願いすることができます。
私はセミナー科目を履修したソフトウェアデザインの研究室、プロジェクト科目でお世話になったプログラミング言語の研究室、それから学生アシスタントをやっていたネットワークセキュリティの研究室をそれぞれ訪問して修論テーマの候補を貰いましたが、難易度や現状のスキルセットを考えて、ネットワークセキュリティに関するトピックを選びました。
修論本登録後は、週に1度、指導教官と進捗に関する面談がありました。同じ学習グループの友人たちもほぼ同時に修士論文を書き始めたので、毎朝9時に大学で待ち合わせ、それぞれ黙々と修論に取り組み、夕方5時に解散するという生活スタイルでした。しかし3月中旬、新型コロナにより、ある日を境に突然キャンパスへの入構が禁止され、その後は一人家で作業を続けることになりました。指導教官との週次のミーティングはオンラインに切り替わり、研究室全体で行われる修論の最終発表もオンラインで開催されました。結局キャンパスに戻らないまま今期で卒業となってしまったのは、仕方のないこととはいえとても残念でした。
III おわりに
これまで書いてきたとおり、私は一度大学を出て働いてからまた大学に戻り、それも文系から理転して学部、修士に進みました。この数年はフルタイム学生として過ごしてきましたが、だからといってつい数年前まで数式を見るだけで固まり、黒い画面を「怖い」などと言っていた私が、ちょっと勉強したくらいで急に何かができるようになるわけはありません。頑張って勉強したことも、試験前はすらすらと解けたはずの問題も、繰り返してその知識を使う機会がなければ、すっかり忘れますし、できなくなります。
それでも、以前はその時点で理解できない内容に対し「これは私にはわからないから」とはじめから思考停止していたのに対し、今では「これまでも最初は理解できなくても、後にわかるようになったことはたくさんあるのだから、時間と労力と適切なサポートがあれば理解できるかもしれない(だからやってみよう)」と思えるようになりました。少なくとも理解しようともしないで考えを放棄することはなくなりました。
勉強していると知識(それも、一時的かもしれません)や経験はある程度増えますが、べつに頭が良くなるわけではないので、努力しても残念ながら、いつまでも理解できなかったり、いくらやっても苦手なままということもあります。その中には、予想外にできて驚くこともあれば、やっぱりできなかったとがっかりすることもあります。いずれにせよ、それは本気で一度取り組んでみないことには、決して見えなかったものです。
ドイツの大学院で追い詰められながら勉強をする中で、おそらく、私は人生ではじめてちゃんと勉強をしたのだと思いますが、勉強というのがこれほどまで自分と向き合い、できることとできないことの境界をひとつひとつ発見していくことによって「自分を知る」行為だとは思ってもみませんでした。数年間を費やして得た学位や知識はもちろん貴重なひとつの成果ではありますが、勉強をするとはどういうことか、わからない問題にぶつかったときにどう向き合えばいいか、そういうことを身を以て知ることができたことが何よりの学びだったと今は思っています。
著者紹介
nanako
Twitter:nanako(@__nanakom)
(編集:伊藤智央)