ドイツ語の言葉の響きがかっこいいから、ドイツ語っぽい名前(以下、姓名の内、「名」の意)を子どもに付ける人がいます。
例えば
- リヒト(Licht:光)→例:理人
- ハルト(hart:堅い)→例:春人
- アイネ(Eine:一つ)→例:愛音
- マハト(Macht:力・権力)→例:真羽人
といった名前です。他の漢字で当てることもできます。
ここでは、ドイツ語の人名用の名前(ヨハネス、トーマス、ミヒャエルetc.)を当て字にした場合ではなく、響きがかっこいいという単純な理由から、ドイツ人ならありえないような名前を付ける場合を念頭においています。
こうしたキラキラネームはドイツ語の感覚を全く無視したものです。というのも、日本とドイツの名づけ文化には違いがあるからです。キラキラネームを付けることは、自分の無知ぶりをさらけ出していることと等しいのです。
では、なぜ(ドイツ人の名前ではなく)こうしたドイツ語っぽい名前がDQNネームでしかないのかについて、日本とドイツの名づけ文化を考察しながら説明していきたいと思います。
日本の名付け文化の特徴
日本での名づけ文化は、とても柔軟性に富んでいます。とりわけ名付けのルールがあるわけでもありませんし、典型的な名前への縛りも弱いからです。
そのような柔軟性から、以下の二つの特徴が存在しています。
特徴①普通名詞が人名に転用できる
日本の人名の感覚では、普通名詞か固有名詞かの区別をせずに名前をつけることができます。
例えば、「光」(=普通名詞)のようになってほしいから「ひかる」と名付けたり、「強くなってほしい」から「強(つよし)」(形容詞の名詞形)と名付けたりします。自然現象としての「光」は、人名に転用可能だということです。
つまり、身の周りの具体的なことを指し示す普通名詞や形容詞の名詞形も、そのまま人名(の一部)にすることができます。
特徴②モノの固有名詞が人名に転用できる
次の日本語の特徴は、固有名詞であっても物につけられた場合は人名に転用できるということです。
例えば、「太陽」という言葉がありますが、これは恒星である太陽を指し示すのですが、太陽にあやかった形で人名にもなります。
結論:名付けに制限は少ない
結論として言えることは、日本語の場合、名前の候補の幅が大きく、名前に、様々な意味を表現できるということです。
例えば、「健康に成長してほしい」という願いを「健太郎」という形で間接的に、「健(たけし)」という形で直接的に表現できます。
ある意味、
- 形容詞であれ
- 普通名詞であれ
- モノの固有名詞にあやかってであれ
どんな言葉も名前の中に込めることができます。
ドイツの名付け文化の特徴
それに対して、ドイツ語の人名の場合、直接的には意味を持たないものばかりです。
確かにドイツ人の人名も、もともとのラテン語やヘブライ語、ゲルマン系言語では意味を持っています。正確に言うと、過去には意味を持っていました。例えば以下の記事で、ドイツの赤ちゃんにつけられた名前の意味も参考として付記しています。
しかし、これらの意味はほとんど失われ、独立した固有名詞となっています。
例えば、日本語で「ひかり」という人名を聞けば、すぐさま物理現象としての光を思い浮かべます。
パウルの場合
しかし、「パウル」(Paul)という言葉を聞いてすぐさま「小さい人/年少者」というラテン語のもともとの意味を思い浮かべる人はまずいないでしょう。ラテン語の意味合い/ニュアンスは現代ドイツではすでに失われてしまっているからです。
そのため「パウル」という名は、それ自体、固有名詞になっています。「パウル」は「パウル」以上でも以下でもなく、それに含まれる意味合いは、身近に接した「パウル」がどのような人だったのか、といった個人的に経験に左右されます。
フィリップの場合
他にも「フィリップ」(Philipp)という名前も例で挙げておきます。この名前は、「馬の友」が語源ですが、フィリップという名前を聞いて、「馬」を連想することは現代ドイツではありません。
連想出来たとしても、それは「フィリップ=馬の友」ということを知っているから連想できるのであって、その事前知識がなければ、「馬」を連想することはありません。
つまり現代ドイツで、「フィリップ」には「馬の友」という意味はもうありませんし、馬好きになってほしいという願いから子どもを「フィリップ」と名付けることもないということです。
ドイツには人名専用の固有名詞がある
つまり、ドイツ人の人名は、それ専用の言葉が用意されており、形容詞や普通名詞、モノの固有名詞との境界がはっきりしているということです。
これがドイツでの名づけ文化の特徴です。
日本語の感覚でドイツ語を使うのは不自然
現代の日本語とドイツ語における、名づけ文化の違いを理解すると、なぜ「リヒト」といったような名がNGなのかわかるでしょう。
つまり、
- 日本語:人名には普通名詞やモノの固有名詞も転用ができる
- ドイツ語:人名は人名専用の固有名詞を使う
という慣習の差が存在しています。
そのため日本人の感覚でドイツ語の単語を子どもの名前に転用することは、ドイツの名づけ文化を無視することになります。ドイツ語が出来る人から見ると、「ドイツのことを何も知らない」ということが一目でわかってしまいます。
子どもに名前を付けるときに、ポジティブな意味の名前を付けたいというのは親心共通でしょう。しかし、子どもが将来どのような道に進むかはわかりません。子どもがドイツと関係するようになるかもわかりません。
そうなった場合、わかる人が見れば、あまり良い印象を残しません。
そのため、外国語由来の名前を付けるときは、自分の国の名づけ文化とともに、相手先の国(ここではドイツ)の名づけ文化を十分に観察して理解することが必要となってきます。
そうでないと、子どもがいつ、どこで恥ずかしい思いをするのかわかりません。