このたび単著『ルーデンドルフ 総力戦』原書房、2015年を出版いたしました。
ここでは本書の目次とその意義を紹介しております。是非、お手に取ってご覧頂ければと思います。
構成と目次
本書は二部構成になっており、第一部が『総力戦』の全訳、第二部が解説です。
第二部の解説論文は100頁ほどあり、本書全体の約3分の1を占めています。現代ではわかりずらい『総力戦』を歴史的文脈の中で解説し、その果たした役割にも言及しております。本書の目玉でもありますので、解説文も合わせて読んでみてください。
解説の目次は次のとおりです。
序論
第一章 総力戦思想形成の背景
一 ルーデンドルフの軌跡
二 戦間期の思想
第二章 クラウゼヴィッツ思想との関係
第三章 総力戦としての第二次世界大戦に向けて
一 ドイツと『総力戦』
二 日本と『国家総力戦』
結び
第II部 解説論文の意義
これまでのルーデンドルフ研究には以下の三つの空白がありました。今回の論文はこれらの空白を少しでも埋めることができたと思っています。
①ルーデンドルフが『総力戦』執筆にいたるまでの思想的遍歴
彼は第一次大戦後から『総力戦』を出版する前にいろいろな書物を出していてこれらが『総力戦』執筆にいたる道筋を扱っています。
今まで1935年の『総力戦』出版のいきさつを理解することはほとんどなされてきませんでした。しかし、彼の思想的遍歴をたどることで、何故彼がルーデンドルフ思想のまとめともいえるこの本を書いたのかが理解できます。
②ルーデンドルフとクラウゼヴィッツとの本格的対比
クラウゼヴィッツ否定を行ったという文脈でルーデンドルフがよく引用されますが、この否定が果たして的を射ているのかという問いにはあまり答えられてきませんでした。
加えて、この対比の過程で両者の根本的な、方法論や目的に関する相違をあぶりだすこともできました。
③『国家総力戦』の日本への影響
ルーデンドルフ自体の陸軍将校への一般的影響は良く論じられていましたが、『総力戦』という本が日本に与えた影響についてはほとんど論じられてきませんでした。
この検討過程で、高嶋辰彦という陸軍将校を中心とする研究グループが浮かび上がり、このグループによる『総力戦』受容を明らかにできました。
*総力戦研究所や日本における地政学研究との関係についても触れています
**但し、ゲッベルスの総力戦演説との比較などこれまでの研究蓄積も踏まえて論じています。
『総力戦』だけ読んでも、現在の日本では時代背景も前提知識も異なるため、理解が容易ではありません。そのため、歴史的文脈の検討が必要となり、それを踏まえることで初めて、『総力戦』の総合的理解が可能となります。
*なお副産物ですが、ルーデンドルフとの比較を通して、クラウゼヴィッツ理解も深まります。対比という方法は、対象を単独で研究することでは見えてこない点をあぶりだします。
第I部 訳文の意義
①『総力戦 Der totale Krieg』の重要性にも関わらず、日本語訳が入手が困難であった
この本は、今や日本語でも使われている「総力戦」という言葉を普及させることになった古典であるということです。この意味で、遠いドイツで出版された本というだけでなく、戦前に発売されて以来、日本語の語彙にも影響を与えています。
このDer totale Kriegは直訳すれば「全体戦争」ということで、実際に抄訳が「全体戦争」という用語で掲載されていたこともありましたが、「総力戦」という用語が最終的に貫徹しました。
そういった歴史的な重要性にも関わらず、日本語訳は戦前に訳された間野俊夫訳『国家総力戦』*以来存在しておらず、この訳書は現在古本でほとんど手に入れることができないほどの稀代書です。加えて、言葉づかいが現代においては理解しにくくなっている上、誤訳も見られます。
今回の出版では、それらの問題に対応しております。
*原書はドイツ語ですが、戦前の参謀本部で翻訳され、間野俊夫訳『国家総力戦』として1938年に出版されました。
②原著の著者ルーデンドルフ研究の史料として
原著の著者、エーリヒ・ルーデンドルフは第一次世界大戦で参謀次長(Generalquartiermeister)まで務め、タンネンベルクの戦いでヒンデンブルクとともに軍事史に名を残した人物です。彼の第一次世界大戦後の軌跡はヒトラーとの結びつきが知られていますが、同様にこの『総力戦』でも名をとどろかせました。
人物としての歴史的重要性にも関わらず、彼のもっとも代表的ともいえる著作『総力戦』に関する研究はほとんどないといってもいいでしょう。それは①で述べたように今まできちんとした翻訳がなかったこととも関連しています。
今回の新訳を契機にルーデンドルフ研究が進展していけばと訳者・解説者としてもうれしい限りです。