海外で日本に関する知識を持っている人の中には、少なからず大学で日本のことを勉強した人がいます。 大学では日本学*という学科がドイツでの知日派層を生んでいます。
*日本学とは日本に関して学術分野を横断的に研究する地域研究。日本語、日本史、日本文学、日本文化といった日本に関連する領域をすべて含む。
しかし、日本学(Japanology/Japanologie)を大学で勉強するドイツ人は一体何をきっかけに日本学を勉強しようとしているのでしょうか。彼らとオタクの関係はどのようになっているのでしょうか。
海外のこの知日派の実像の一面を知ることは、日本が海外でどのように見られているのかを知ることにもつながります。
実際に日本学を勉強した人から、こうした学生の動機を聞いてみました。すると時代的な変遷とともに学生の質的変化が見えてきました。
1990年半ば以前:純学問的な時代
純粋に政治や文化への関心から日本学に興味を持つ学生が多かったようです。それは実際に日本に旅行したり滞在した経験がきっかけになることもありました。
推測ですが、1990年代半ばまでは経済的な関心から日本に興味を持ち始める人も多かったと思われます。特に日本企業の経営形態にまだ注目が集まっていた時期でもあると思われるので。
*但し、聞き取りをした学生の世代が限定されていることもあり、1990年半ば以前については被インタビュー者の実体験というよりも、イメージが多分に含まれている
1990年代後半:サブカルチャー黎明期
このころには確かに日本の政治や経済・経営に興味を持って日本学を勉強し始めた人もいましたが、J-Popで日本に関心を持った人たちが、大学で日本のことを勉強しようとし始めた時期でもありました。
彼ら/彼女らはGlay、Malice Mizere、X Japan、ザ・ブルーハーツに興味を持っていたようです。
特にインターネットという新しい手段を使うことで以前よりも簡単にこれらの音楽を聴いたりしていました。彼らの写真も見ることができ、日本の音楽界で起きていることを同時に体験しているというライブ感を味わえたことが、日本に興味のある若者の興味を引き起こしたとのことです。
ただきっかけは音楽であっても、彼ら/彼女たちはそれらを大学のマギスター*卒業論文でテーマとすることはなく、趣味と研究を分離していました。
*マギスター=学士と修士を合わせたもの。現在は廃止されている
**1990年代についてはインタビュ-を基に再構成
2000年代以降:オタク時代
アニメや漫画ファン、それにともないコスプレ好きの人たちが大学で日本学を学び始めるようになったのが2000年代以降と思われます。
1990年代後半には音楽を中心としていた興味範囲は2000年以降拡大し、サブカルチャー全体へと広がりを見せていきます。
彼らはコスプレやゴスロリのような奇抜な服装で大学にも現れるようになり、オタク趣味が大学の領域にも進出し始めます。
(写真はイメージです)
卒業論文に現れるオタクテーマ
この傾向は、マギスター卒業論文にもアニメや漫画がテーマとして現れてきます。
例えば以下のようなテーマを扱った論文がマギスター卒業論文として見られるようになりました。
- 少女漫画(2003/04年;トリアー)
- テレビゲーム「大神」(2011年;ケルン)
- エヴァンゲリオン(2013/14年;ケルン)
- ロリータ・ファッション(2013/14年;ケルン)
卒業論文にオタク系のテーマが増えてきているのは、以下のグラフでも見て取れます。このグラフは、ケルンとトリアー大学でのマギスター論文の内、オタク系テーマの割合を見たものです。(薄いピンクの折れ線と右軸がオタク率です)
*以下のグラフでは、アニメや漫画に直接関係するものに絞ってオタク系テーマとしています。タイトルだけではサブカルチャー領域への一義的な分類ができないもの、例えば、テレビ文化を広く扱う論文はオタク系と分類しておりません。
- ケルン大学の場合
- トリアー大学の場合
両大学とも、2000年代からオタク系テーマが現れ始めています。
特により大学規模の大きいケルンでは2010年にマギスター卒業論文の40%がオタク系テーマになっています。2000年以降の平均は、7,6%(ケルン)、3,8%(トリアー)*となっています。
*トリアーは2000年を含まず
ヘヴィー・オタクとライト・オタク
この数字を高いと見るか、低いと見るかは判断が分かれるかもしれません。
しかし、私はこの5%を重要な変化と見ます。
- 質の面:ヘヴィー・オタクの登場
例えアニメや漫画が趣味であったとしても大学の卒論でそれをテーマにすることの間には懸隔があります。
入学当初からすると、日本に関する知識も増え、他にも研究テーマは見えてくるでしょう。そういった趣味と研究を切り離す人はライト・オタクと言えます。
それとは別に、何年にもわたる日本学の勉強にもかかわらず、他のテーマではなく、あえてオタク系テーマに固執する人たちはへヴィー・オタクといえるでしょう。
2000年以降の特徴は、オタク文化を学問の場に持ち込むグループが現れたということです。
5%は5%でも、その内実は新しい学問観をもったタイプの学生です。
- 量の面:5%は氷山の一角
量の面でもこの5%は見逃すことのできない数字です。
オタク系テーマへの分類を容易にするために、統計処理上、定義は狭くとりました。そのため、論文の内容からオタク系に含まれるかもしれない、日本のテレビ一般をタイトルとした論文は除外しています。この定義の狭さから、5%という数字は低く見積もって出た数字です。
加えてヘヴィー・オタクが全体の5%前後ということは、ライト・オタクはもっといるはずです。それゆえにヘヴィー・オタク:5%前後という数字は、ライト・オタクの存在を考えると低くない数字と思われます。
サブカルチャーの日本学への侵食?
確かに日本学のすそ野が広がるということは、より多くの人に日本に興味を持ってもらえる可能性があるということです。
ただこの知日派の内実を見ると重大な変化が2000年代以降に生じていることに気づかされます。それは日本学の内容自体、少なくとも修士以下のレベルでの日本学の内実にも変化を与えています。*
果たしてそれでいいのか。この問いはさらなる考察を必要とするものでしょう。
*博士以上になると状況は変わり、マンガ、アニメ以外の研究をしている人がほとんどです。しかし修士以下の卒業生の数は博士以上の数に比べて圧倒的に多いことからも、知日派層の構成として無視できません。
**学問領域としてマンガ・アニメ研究が成り立つことを否定しているわけではありません
***本記事で述べた傾向はあくまで傾向です。そんため、他の関心から日本学に興味を持った人がいたことを否定しているわけではありません。