6月23日の国民投票でイギリス国民の投票者の内、多数派はヨーロッパ連合離脱を選択しました。その原因についてこれまで様々な説明がなされています。確かに投票行動に差があることは確かですが、EUという政治共同体がもつ構造的な原因についてはあまり言及されていません。
そこでまずはこれまで行われている説明を整理したうえで、何がイギリス人の多数派を離脱投票へと動かしたのかを見ていきます。
既存の説明のパターン
これまでよく見られている説明は、世代、地域、学歴といった属性によって行われています。(4つ目の説明は例外)
①年代による投票行動の差
若者にとって、自由にヨーロッパを旅行したり、他国で働いたりすることや、域内内での自由な往来*や経済活動は物心ついた頃から存在しており当然の事実になっています。しかし、年齢が高くなるほどそのような措置がない時代を知っており、これらを所与の現実とは思っていません。ですので、高齢者ほど、EUを懐疑的に感じる余地があります。
そしてそれが投票結果に表れ、若者のうち、残留を選択した割合は多く、それとは逆に高齢者ほど離脱率が高くなっています。
*シェンゲン協定による国境検査の停止もEUの法体系に組み入れられていることから、シェンゲン協定もEUによる恩恵として一般に認識されています。
参照記事:Der Brexit spaltet die Generationen - Politik - Süddeutsche.de
②地域差による投票行動の差
スコットランドと北アイルランドでは残留票が多く、それ以外の地域との差が明確になっています。
EUという超国家組織の形成とともに起きている地域レベルへの政治的権限の委譲(Devolution)が、地域的な特異性を保持したいスコットランドの政治的方向にとって追い風になっています。このことから上記地域に親EU派が多いことが説明がつきます。*
*イギリス地域が専門ではないので、間違いがあれば指摘してください。
参照記事:Schottland sieht nach Brexit Zukunft in EU laut Nicola Sturgeon
③教育レベル差による投票行動の差
学位のある人が多い地域ほど残留票の割合が多くなっています。このことについては後に言及します。
参照記事:The less well educated voted to leave in the highest numbers in the eu vote - scoopnest.com
④エリートに対して、庶民が抵抗を示した例としての離脱票
EUや大企業のエリートに対して庶民が抵抗したと捉える説明は、離脱派UKIP(イギリス独立党)が唱える宣伝文句を鵜呑みにしたものでしかありません。選挙スローガンをもってそのまま説明に持ってくるのはただの思考停止ともいえます。
離脱票が多い2つの構造的原因
これらの説明の努力に対して、私は離脱派の根本原因を、不十分な「想像の共同体」*の上に富の再分配を行っていることにあると見ています。
*国民国家成立過程において、地図で示された地理的な国家像や転勤による地域を超えた交流によって共同体が頭の中で想像できるようになったことが共同体意識の成立に大きな役割を果たしたという説。ナショナリズムに関するこの説については文末の参考文献参照。
発展途上にある「想像の共同体」
そもそも、イギリス人が他の加盟国の国民、特に地理的な差が大きい東欧の国民を同じ共同体の一員と(感覚の上で)みなすためにはまだ時間が必要です。
確かにユーロヴィジョンコンテスト(Eurovision Contenst)*やスポーツによって、他地域の国民の顔が見えやすくなっており、同時に同じ体験が共有されやすくなっています。加えて、イギリスもEU機関へ人員を送り出しているため、行政レベルでの交流は深まっています。
*ヨーロッパの各国が代表を送り出して歌を発表し、それに対して各国の視聴者が電話やSMSで投票を行うというもの。自国へは投票禁止。高い視聴率を誇る。
しかし、イギリスから見て差異が大きい地域の人たちに対する共同体意識の醸成は簡単ではありません。特に言語や経済的な差異にともなう壁は目(や耳)で感じ取られやすいものなので、仲間意識の醸成を阻害する心理的要因です。
そのような壁をより感じやすい東欧が加盟したことによって、仲間意識を醸成する要因よりもそれを阻害する要因のほうがより強く意識されてきたのではないでしょうか。
不満の原因である「富の再分配」
共同体意識が発展途上にある中で、富の再分配が行われると不満が起きます。
富の再分配は不満を生みやすい政策領域
そもそも富の再分配は、既に確立している国民国家内においても不満を呼び起こします。フランス・オランド大統領による、富者への増税は多大な反発を招いていますし、「日本でも金持ちへもっと増税しろ」という怨嗟にも似た掛け声は、富者による「金儲けして何が悪い、増税すると金持ちが海外へ逃げるから減収になって逆効果」という心理的反発を生んでいます。
自分の収入のうち一部が税金として強制徴収されるわけですから、金持ちでなくても敏感になるのは当然です。しかし国民国家内においては、同じ国民だから助け合うのは当然というある種の仲間意識によって「同じイギリス/日本人に自分の金が行くなら仕方ない」という形でこの不満は和らげられます。
弱い共同体意識を背景とした富の再配分
しかし、EUのような、まだ強固な共同体意識が生まれていない政治共同体においては、富の再分配に伴う不満を和らげるものは何もありません。
確かにEUによる「一つの市場」という考え方によって投資や域内貿易が進み、それによって雇用や貿易・投資額の増加が生じていますが、これは自ら投資したり会社経営をする層にのみ収入の増加として実感できます。
しかし、会社員といった一般の被雇用者にとっては政治や経済がどうかわろうとも収入は(少なくとも感覚の上では)一定ですが、逃げていくお金は明細で目にします。EUの恩恵によって増える収入(例:雇用の増大)は見えませんが、この天引きによって出ていくお金は実感できます。そうなると税金として取られたお金の使い道が気になるのは当然です。
彼らの不満は、「なぜ自分たちの税金がEU補助金として、よくわからない遠い地域に住んでいる、理解できな言葉をしゃべる赤の他人のために使われなければならないのか」という形で湧き上がってきます。
学歴による説明との整合性
高学歴者は、直接的には実感できなくとも、イギリス経済、ひいては自分の収入に影響を及ぼす経済の構造を理解し、想像できるのではないではないでしょうか。すなわち、EUへ加盟していることがどれほど経済的効果を生み出し、それがまわりまわって自分の給料へと反映されていくのかが抽象的に頭で理解できているということです。それが、高学歴層に残留支持者が多かった一つの原因だと考えます。
離脱票は「共同体意識」と「富の再配分」の複合的作用結果
根本原因は富の再配分という不満を生じやすい政策を行うに足るだけの確固とした「想像の共同体」が欠けていたことではないでしょうか。その際には、特にこれまで存在する「学歴と投票行動の相関関係」の指摘との整合性が見られます。
*以上の説明は離脱票に関するある一つの側面に関してであり、スコットランドや北アイルランドといった地域政治の特性について説明するものではありません。
他にも以下のような記事も書いております。