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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

ドイツ難民問題とローマ帝国の崩壊は比較可能?

ドイツ ドイツ-政治・経済・文化

現在ヨーロッパに多くの難民が押し寄せている状況はいくらかの人にとって、ゲルマン系諸民族の大移動とそれによる西ローマ帝国の崩壊を思い起こさせているようです。しかしそこでは、そもそも古代ローマ史とドイツの難民問題は比較可能なのかあまり検討されずに、類似しているように見える点を強調して取り出しているのではないでしょうか。

ここでは、実際の西ローマ帝国(以下、ローマ帝国)がどのようにして崩壊したかということではなく、歴史的出来事と時事問題との比較可能性という、「そもそも論」を中心に考えたいと思います。

ローマ広場

ネットで見られる言説

ローマ帝国と現状のドイツを重ね合わせる人たちの言説に共通する論理的流れは、大まかに以下のような内容です。

かつての民族大移動
     ↓
ローマ帝国は流入民をコントロール出来なくなり、崩壊
     ↓
ドイツにくる難民も社会に溶け込まずにドイツ社会を崩壊させる
     ↓
難民受け入れは良くない

細かい点でバリエーションはあるかもしれませんが、古代ローマ史とドイツの現状を重ね合わせて、難民問題がドイツの終わりの始まりと見ているといってもいいのかもしれません。

「歴史は繰り返す」?

こうした言説の前提には、「歴史は繰り返す」という考えがあるようです。

しかしたとえ、その出来事を取り巻く一部の要素、しかもその出来事にとって重要な要素が似ているように見えたとしても、歴史上の出来事と現在の出来事を取り巻く状況が完全に同じになることはありません。

ですので、歴史上の出来事を比較する際は常に、両者の出来事に含まれる要素のうち、どれが似ていて、どれが異なるのかを精査して、それぞれが当該出来事にどれ程決定的な影響力をもっていたのかをみる必要があります。

このように見ていくと、歴史上の出来事を現在の出来事に単純に当てはめることは、ネットで見られるようにそう簡単な作業ではないと思います。*

*ここでは個々の記事は挙げませんが、「古代ローマ」もしくは「ローマ帝国」、「ドイツ 難民」で検索すれば上記で挙げたような記事が出てくると思います。

古代ローマとドイツの違いを簡単にふりかえってみよう

経済の面

例えば、ローマ帝国の崩壊の場合にしても、流入民に食料を売っていた商人が値段を吊り上げたという経済的不満が流入民の反乱につながり、帝国崩壊を招いた側面もあります。現在のドイツでは、難民から暴利をむさぼろうとする商業資本はいません。

治安の面

帝国崩壊の原因になったゲルマン人の傭兵部隊があったローマ帝国と、徴兵をやめて職業軍になったドイツ。このように、国内の治安機関*をめぐる状況も異なります。

*内乱を最後にとめる暴力装置は警察ではなく軍隊なので、軍も治安機関としています。

行政の面

他にも崩壊過程に影響を及ぼした要素として政治体制の問題もあるかと思いますが、これを取り巻く状況も1対1で現在のドイツに移せるものでもありません。現在の拡大した行政サービスを考えれば、差異は明らかです。これは例えば、難民/流入民の社会への受け入れやそれにともなう教育支援措置(ドイツ語コース受講支援)の差となっても表れてきます。

帝国崩壊原因を詳細に探ったわけではありませんが*、簡単に見た場合でも、ローマとドイツのおかれた状況は異なる点を多くもっていることがわかるでしょう。これらの相違点を見ずに、類似していると思われる部分だけを挙げて、ある事例を総体として現状に適用しようとするのは性急でしょう。というのも、類似していると思われる部分はあくまでもある事例の「部分」でしかないからです。

*ローマ史家ではないので、思いついた項目だけを簡単に挙げてみました。細かな話は専門書に当たってください。

結論:歴史的出来事と現在の比較は片手間にできる作業ではない

二つの事例が表面的には同じ現象のように見えても、当該事例に影響を与えた要素やそれを取り巻く状況を個々に精査すれば、両者の間の重要な差異も見えてくるかもしれません。

難民問題に関してローマ帝国とドイツを比較するのであれば、印象論にとらわれることなく、こうした丁寧な作業を踏まえる必要があるかと思います。

しかもそうした比較の結果が、世論に影響を与え、政策を左右するかもしれない場合は、とりわけ歴史との比較は丁寧に行うべきでしょう。

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