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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

大学で近代日独軍事史を研究する伊藤智央のエッセイ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います。

外国語学習できれいな発音を追求すべき1つの理由

ドイツ ドイツ-生活一般 語学

外国語を勉強していると、発音の上達にどれほど力を入れるのか悩むところです。

例えば、海外に住んでいると、同じ現地在住の日本人が外国語を話すときの発音を笑ったりする人もいます。それに対して、「発音なんてどうでもよくて、伝わればいいんだよ」という上級者の意見もあります。恐らくそれはを、発音/訛りを気にしすぎてしゃべらなくなると、言葉は一向にうまくならないというアドバイスとも結びついています。

結局、発音を重視したほうがいいのでしょうか?それとも発音は最低限のレベルで構わないのでしょうか?

まずコミュニケーションの性格を整理した上で、外国語を勉強するときに、自分の発音の上達を考えるべきかどうかについて考えてみます。

コミュニケーションにおける発音の重要性

コミュニケーションの2つの形態

コミュニケーションの目的が相手に何かを伝えることだとすると、その手段には2つがあります。それは以下の2つです。

  • 言語(Verbal)
  • 非言語(Nonverbal/Paraverbal)

言語によるコミュニケーションでは、相手に伝わる情報のうち、言葉の内容それ自体を重視していま。

非言語によるコミュニケーションでは、言語の内容以外の要素、つまり相手の話す雰囲気によって伝わる情報が中心となっています。雰囲気とは、話すときの話し方(paraverbal)、ジェスチャー・顔の表情(nonverbal)からなります。

ドイツ人に関して述べると、会話するときに相手に向ける注意の内、55%はボディランゲージ、26%は声、19%は発言内容に向けられています。つまり、相手に伝わる情報の約80%が、発言内容以外の要素によって決定されているということです。*1

例:大阪人批判にみる、非言語コミュニケーションの役割

「大阪人の○○という癖はやめた方がいい」という批判的発言を例にして、非言語によるコミュニケーションを説明してみます。

もし発言者が大阪弁で話していると、大阪のことを十分知った上でインサイダーによる批判という印象を聞き手に与えます。しかし、同じ発言が標準語でなされると、例えば東京の基準から見て批判を行っているように聞こえます。

聞き手によっては、内部批判のほうにより説得力を感じる場合もありますし、外からの判断のほうが客観的に聞こえることもあります。

また、もし同じ発言が片言の日本語(つまり非母語者)でなされると、聞き手によっては「こいつ、どれだけ日本/大阪のことをわかってるのか」と思ってしまい、発言自体の説得力が失われることもあります。もしくは、むしろ外からの発言ゆえに、こうした批判を真に受ける人もいます。

つまり、どのような話し方(アクセントやイントネーション、声の質:paraverbal)で話すのかによって、情報の伝わり方が異なってくるということです。

発音の位置づけ

コミュニケーションの方法には2つがあると見てきたところで、外国語の発音という本題に戻ることにします。

機能的観点を重視する場合

コミュニケーションのうち、言葉によって何かの情報を伝えるという点を重視するならば、発音のきれいさはそれほど重要ではないでしょう。

その結果、発音を気にするよりも、むしろ別のことを上達させるのに時間を使ったりしたほうがよいということが言えます。

ただ、何を言っているのか聞き取りにくほど日本語のアクセントが強いと、日本人以外には通じません。そのため、最低限の発音は必要となります。

美的観点を重視する場合

発音の「美しさ」を重視する人にとって、強いアクセントはあまり歓迎されることではありません。

この考えでは、発音の美しさは、語彙の多様性と同様に、その人の教養を表す1つの要素です。その結果、発言内容に説得力を持たせることもできます。

つまりこの考え方の背景には、コミュニケーションの内、言葉による情報の伝達と同様に、言葉以外の要素、つまり、話し方によって与える印象を重視する考えがあります。

使えるものは何故全部使わないのか?

この2つの立場を隔てているものは、コミュニケーションの異なる2つの面のうち、非言語的な要素をどれほど重視するのかということです。

私の意見は、非言語的な要素もできることなら重視したほうが良いということです。

というのも、発言内容自体だけでなく、その発言内容の受け止められ方を左右する非言語的な要素も、相手に情報を伝える際に欠かせない要素だからです。相手によっては、どちらが欠けても、自分の情報をまともに受け止めてもらえません。

発音の巧拙は、相手が自分の発言内容をどのように受け入れられるのかを左右する

もし、発言内容がしっかりしているのに、発音の稚拙さといった非言語的な要素のために、相手に真剣に取り合ってもらえなければ、もったいないと言えます。

例えば、ドイツに関してドイツ語で話しても、外国語のアクセントが強すぎると、「外国人だから、ドイツのことなんかわかってないだろう」というバイアスをもって見られ、結局、こちらの発言内容が受け入れられないこともあります。

私の知っている英語圏やドイツ語圏では、外からの発言だからといって納得して受け入れられることはほとんどありません。むしろ発音に訛りが強すぎると、まともに取り合ってもらえないこともあります。

そのため、「発音なんて、相手に言葉が理解されればよい」という考えに甘んじていて、発音をより「美しく」する努力しないのは、コミュニケーションの性質を見誤っています。

相手に何かを伝えるときに、言語以外の要素(Nonverbal / paraverbal)をうまく利用するとより効率的に情報を伝えることができるのであれば、それを極めることをおススメします。

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