元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

ドイツでの博士号学位審査における口述試験の種類とその体験談

ドイツの博士号に関する学位審査では、博士論文に加えて口述試験が課されます。

つまり、

  1. 博士論文提出
  2. 口述試験
  3. 博士論文出版
  4. 博士号取得

という順番になります。

口述試験の形式には主に、

  • ディスプタチオーン(Disputation:「ディフェンス」)
  • リゴローズム(Rigorosum:直訳「厳格な試験」)

という二つの形式があります。

しかし大学や学部によって、これらの形式を選択できるか否かや、それぞれの試験内容が若干異なります。

つまり、大学・学部によって

  • すでに口述試験の形式が指定されている場合や、学生が二つの形式から選択できる場合があったり
  • 博士論文の内容を問う場合と、博士論文とは関係のないのテーマで試験が行われる場合があったり

と様々です。こうした内容は多くの場合、HPからでも確認できる試験規則(Prüfungsordnung)に定められています。

試験の種類

ディスプタチオーン

ディスプタチオーンの場合、博士論文の内容に関して質疑応答がなされることもあれば、博論とは関係なくいくつかの命題を提示し、それについて複数の試験官と論争を行うこともあります。

「ディフェンス=Verteidigung」とはいえ、博論の内容を「防衛」するというわけでは必ずしもないということです。博士論文の内容だけではなく、博士号を名乗るのにふさわしい知識・能力を一般的に備えているのかが問われているということです。

リゴローズム

こちらの場合は博士を取得する科目に関する全体的な知識を問うことが目的です。そのため、博士論文と全く関係のないテーマについて簡単に口頭で説明し、それに関する質疑応答が行われます。

科目全体が問題となっているため、テーマ選びに関して、広がりがあるかどうかが求められます。つまり例えば日本史の分野でいうと、「1931年の満州事変の背景」といったような、時間的にもテーマ的にも狭いテ―マではなく、「19-20世紀を通しての日中関係」といったようなある程度の広がりがあるテーマが好まれます。

以下では少し私の体験について語っていこうと思います。

口述試験の経過(リゴローズムの場合)

私の場合は後者の試験方式(リゴローズム)を選びました。そのため、博士論文とはなるべく離れており、かつ広がりのあるテーマを三つ選びました。

準備

これらのテーマに関してはある程度の前提知識はあったものの、やはり勉強が必要です。そのための準備期間として主に1ヶ月強まるまるとりました。諸事情によりこれ以上時間がとれなかったのですが、もう少し時間的余裕を取ることをおすすめします。

主に準備の仕方としては、どのような形で大きなストーリーで話せるのかというのを判断基準としながら研究論文・書を読みつつメモを取って、そして最後に、テーマごとにそのメモをまとめて印刷し、それを人に説明するような形で何度も繰り返し一人で読み上げて、スラスラとドイツ語で話せるように練習しておきました。

声に出して練習はとても大切です。頭の中で整理しているつもりでも、実際に話してみると、つまったり、ここはつっこまれそうという箇所に気付くからです。

当日

試験時間は当初の規定では60分です。

私が各テーマについてそれぞれ20分ほど話したあとに、試験官(4人)から質疑がありました。話すときにはメモは伏せておいて、メモなしで話しました。私の場合、冷や汗がでるほど厳しめの質問が出てきたのですが、なんとかそれを乗り切り、75分ほど経過した段階で、部屋から退出するように促されました。

そして外で15分ほど待機していると、再度部屋に入るように促され、全員起立の上で、試験結果というのが言い渡されました。「おめでとう」の言葉とともに、試験が無事終わりました。

教授資格保持者がこれだけ集まって、自分のことを審査してくれており、彼らから祝福されるのは感無量です。

試験後~博士号授与

ただドイツでは、この口述試験での合格をもって博士号の取得というわけではありません。*1

というのもこの口述試験を終えても博士論文を出版することが博士号の条件になっているからです。そのため、博士論文に対する審査報告書の内容に要修正事項がある場合、それを博士論文に反映させたうえで再度博論を審査委員会に提出し、委員会から「印刷許可(Imprimatur)」を取得する必要があります。そしてこの「印刷許可」をもって出版社に出版の話をもちかけ、出版するという運びとなります。

ただ、出版にあたっては、かなりの経費負担(数十万円)を要求されるため、助成金を申請したり、または費用があまりかからないオンライン出版という方法もあります。

そして出版した後に、ある一定の発行部数を満たしたという証明書を大学側事務に提出し、そこでようやく博士号が授与されます。

そのため、博士論文を出してから博士を取得するまで最短で一年はかかることになります。

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*1:大学によっては、口述試験での合格後、Dr. des.(博士号取得予定者)という称号を名乗ることができます。