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元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

【スタートレック】ファンが解説するコバヤシマル・シナリオの本質

 『スタートレック』シリーズには有名なコバヤシマル・シナリオというものがあります。これは映画、『スター・トレック2 カーンの逆襲』と第11作『スター・トレック』に登場する有名な訓練プログラムで、「絶対絶望的な状況」をたとえた表現としても、(主に西欧圏で)スタートレックの文脈に限らず使われます。

この「コバヤシマル」というのは、日本語の「小林丸」から来ています。*1

ここでは、

  • コバヤシマル・シナリオとは一体何なのか?
  • そのジレンマの本質とは何なのか?

を説明したいと思います。

Star Trek The Next Generation Communicator Badge

コバヤシマル・シナリオとは?

コバヤシマル・シナリオは、幹部訓練生向けのトレーニングとして開発されたコンピューター・シミュレーションです。

まずは前提条件として、地球連合とクリンゴン帝国(以下、K帝国)の間には中立の緩衝地帯が設けられているという事実を知っている必要があります。

そしてこの中立地帯でコバヤシマルという民間輸送船が動力を失い立往生してしまいます。そして訓練生は、そのコバヤシマルから救助信号を受け取ります。

周りには自船以外に宇宙船はありません。

ここで、訓練生には2つのオプションの中から選択を迫れらることになります。

オプション①:救助に行く

内規により、宇宙船司令官は遭難船の救助が義務付けられています。そのため、救助に行くことが求められています。

しかし、救助に向かえば、K帝国との間の条約を破棄することになり、戦争状態に入ります。そして、救助に向かったとしても、圧倒的な数の、K帝国の戦艦が迎撃に現れ、彼らによってコバヤシマルとともに自船も攻撃され破壊されてしまいます。

つまり救助に向かえば、

  • コバヤシマルも救うことができず
  • 自船の搭乗員も危険にさらし
  • K帝国との戦争も引き起こす

ことになります。

オプション②:救助に行かずに、見捨てる

オプション①の結果が壊滅的なことは、救助に行く前に想像がつきます。*2そのため、救助に向かわないという選択肢も考えられます。

しかしこの場合、コバヤシマルの搭乗員を見殺しにすることになります。

それは、繰り返しになりますが、内規第20条*3の定めるところに違反します。そしてこの規定は、道徳規範でもあります。

つまり、「目の前に苦しんでいる人がいれば助けるように」、という緊縛的要請です。

そのため、人間性、道徳性を前面に打ち出し、それらを根本理念とする地球連合にとって、この内規の解釈・実行は、その存在の根幹にかかわってきます。

もし自分たちの命や戦争の危険を考えて、助けに行かないとすれば、それは自分たちの信念、そしてその結果、自分たちの存在意義自体を否定するになります。

これが、コバヤシマル・シナリオのジレンマです。

トレーニングとしての意義

さて、ではこのようなコバヤシマル・シナリオを訓練生は何故体験する必要があるのでしょうか?

このトレーニングの意義は、第11作『スター・トレック』で説明されているように、絶望的な状況を体験するということです。つまり、どのような選択肢をとっても誰かが死ななければならない状況に直面したときにどのように振る舞うのかを一度経験することで、そのような状況への精神的な準備を行うことができます。

訓練生には「正解」を選ぶことが求められていません。どの選択をとっても何かを犠牲にしなければならないからです。最適な解は存在しません。

ジレンマの本質とは?

コバヤシマル・シナリオの説明で訓練生が向き合うジレンマを簡単に説明しましたが、そのジレンマの本質とは、何なのでしょうか?

コバヤシマルの救助に向かうかどうかという選択の背後に存在している問題は、ある行動をとる上で、結果とプロセスのどちらを重視するのかという問題です。

つまり、

  • 結果を重視するのか
  • プロセス(動機)を重視するのか

という対立です。

判断基準:結果

結果だけを考えれば、救助しないという選択をすることになります。

というのも、救助に向かえば、コバヤシマルの犠牲だけではなく、自船の搭乗員の命や戦争のリスクも犯すことになります。

救助しに行かなければ、コバヤシマルの犠牲だけで済みます。

結果として生じる犠牲を判断基準とすれば、救助しないという選択肢のほうがより良い判断と言えます。

判断基準:プロセス

しかしここに、道徳という行動規範の観点が加わってくると、問題はそれほど簡単には解決しません。

道徳性*4の観点からは、自己犠牲のリスクを負ってでも、目の前の生命を救助することが求められます。救助しようとする努力自体に意義があるということです。

その場合には、結果がどのようになるのかは度外視されます。

自分たちに課している内規の意味する道徳的規範が、地球連合の拠って立つところであり、その信念のもとに多くの星が連合しています。その信念をないがしろにすることは、連合の求心力を失わせることになり、連合は空中分解してしまいます。

相互扶助の精神、相手への思いやり、相互尊重といったことが、地球連合という政治体としてのアイデンティティです。

この観点を重視する場合、予想される結果が壊滅的であろうとも救助に向かうことが求められます。

コバヤシマルの普遍性

「コバヤシマル」(Kobayashi Maru)という言葉は、コバヤシマル・シナリオがスタートレック・シリーズの中で数えるほどの頻度でしか出てこないにもかかわらず、「スタートレック」というドラマを超えて広く使われています

日本ではスタートレックの人気はそれほどなく、その結果として、コバヤシマルの存在を知っている人は少ないかもしれません。しかし、欧米圏では、コバヤシマルという言葉はスタートレックの枠を超えて、実生活の状況を表す言葉として使われることもあります。

「コバヤシマル」のそうした広がりは、

信念を曲げてでも最適な結果を求めるのか

Vs.

それとも結果を度外視してでも自分の信念を通すか

という普遍的な対立軸をその中に抱えていることに起因しているのではないでしょうか。

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*1:スタートレックでは、船の名前に日本語が使われることがあります。例えば、エンタープライズの小型船の一つ「オニヅカ」や、不運に見舞われる「ヤマト」があります。他に「アカギ」も出てきます

*2:K帝国は好戦的な国家

*3:Die Direktiven der Sternenflotte

*4:スタートレックの世界における道徳性のことを指す