元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

【ネタばれ無】『スター・トレック Beyond』を見るべき理由

1960年代のスタートレックの主人公ジェームズ・T・カークを改めて主人公に据えて、2009年から三部作のスタートレックが制作されてきました。

そしてその三部作の最後を飾る『スター・トレック:ビヨンド』(2016年)が公開されましたので、これを機にトレッキー*である私がまずは過去の2作品について振り返った上で『ビヨンド』を評価してみたいと思います。
*トレッキー=スタートレック・ファンの呼称。私は1960年代から続くすべてのスタートレックを見ています

ポスター/スチール 写真 アクリルフォトスタンド入り A4 パターンP スター・トレック BEYOND 光沢プリント

過去二作品の振り返りと問題点

第一作目『スター・トレック』(2009年)

スポックがロミュラン星の崩壊を救えなかったことから恨みを抱いたロミュラン人は復讐を誓う。意図せずにブラックホールに引きずり込まれ過去に投げ出された彼らはカークの父親を殺し、歴史が書き換わっていく・・・

このようにして歴史が変わってしまったパラレルワールドにおけるカークがロミュラン人との闘いの中で船長として成長していく様が描き出されています。

『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)

遺伝子レベルで改良を加えられた優生人類の一人カーンとの闘い。

超人的な身体能力をもつカーンは、ロンドンにおけるテロ、サンフランシスコの艦隊本部への襲撃を実行する。そののち、惑星クロノスへ逃げ込んだ彼を追いかけてきたカークの前に彼はあっさりと降伏する。しかし、マーカス提督の強引な引き渡し要求を拒否し絶体絶命の立場に追い込まれたカークは、カーンと組みドレッドノートクラスの提督の最新鋭戦闘艦に奇策を使って乗り込むことにする・・・

敵味方が入り乱れる錯綜した状況からカークがどのような判断を下すのかが中心となっている。

両作品を通じて見られる問題点:知性の欠落

主に攻撃されたから攻撃し返すという構図が前面に出すぎており、そのために戦闘が中心になっています。映画版なので、アクションが必要なことは確かですが、スタートレック、とくに旧作品であるThe Next Generationシリーズ*の特徴、すなわち知的探求という要素が抜け落ちています。

*The Next Generationシリーズは1987-1994年に放送されたTVシリーズと1994-2002年に公開された映画4作品からなる。以下TNGシリーズと略。詳しくは文末のスタートレック解説記事を参照

例えば、TNGシリーズでテーマとなった「個人主義 対 集団主義」や「社会の多様性 対 均質性」という社会秩序に関する根本的な相違(対ボーク戦)、人間とは何かという根本的な問いはここではほとんどテーマとされていません。そのため必然的に、会話というよりもアクションでしか聴衆を惹きつけられなくなってしまっています。

従来からのスタートレックファンである私にとっては、こうした知的側面こそがスタートレックそのものであったために、新スタートレックが「スタートレック」の名を冠している事実には違和感を感じます。

『スター・トレック:ビヨンド』(2016年)論評

あらすじ(ネタバレ無し)

助けを求めてやってきた異星人に協力するためにある惑星にやって来たカークであったが、蜂の集団のような戦術を巧みに操る敵の襲撃に出くわし、エンタープライズは大破し惑星に不時着する・・・

ポスター/スチール 写真 A4 パターンQ スター・トレック BEYOND 光沢プリント

第一部や第二部とは一味違う第三部の特徴

第三作目『ビヨンド』は第一作目と第二作目と重要な点で異なっています。

惑星連邦の理念である「集団としての団結性」、「平和への希求」がテーマとなるシーンがちりばめられています。そしてそれらの理念を大切にする主人公たちの姿は、敵の否定的な態度によって強調されます。すなわち敵は、集団としての団結性は弱点しかもたらさず戦争こそが理想的な社会秩序であるということを主張することで、連邦の理念に直接的に挑戦してきます。

ここでは理念の対立が『ビヨンド』のテーマとなっていることが明確に表れています。

映画ゆえに会話よりもアクションが多いことは仕方ありませんが、ここではそれらのアクションもイデオロギー対立の枠の中で描かれています。つまりアクション自体が単なるアクションとして消費されるだけではなく、理念の間で行われる戦いの一つの表現形態となっています。自分の理念を通すために物理的な闘争(素手での殴り合いや、銃を使った戦闘、戦闘艦同士の戦い)が行われます。

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そのため、『ビヨンド』はかつてのTNGシリーズで見られた思索的要素と共通性するものをもっています。その共通性とは、理想とする社会秩序をめぐる争いというテーマ設定です。この争いが存在することで初めて、社会秩序のあり方をめぐる知的な会話や実際の戦争が生じてきます

ビヨンドがTNGシリーズへ近づいた理由

こうした回帰現象は、第一作目と第二作目の監督を務めたJ・J・エイブラムスが『ビヨンド』では監督・脚本作業から遠ざかったことが一つの原因であると考えられます。

エイブラムスは確かに『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(エピソード7)や『ミッション:インポッシブル3』の監督としてアクションあふれる作品を作っていますが、彼の作るものは、アクションがなくなったら他に何も残らないという印象を受けます。

*『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に関する批評にもついても書いております。

www.ito-tomohide.com

こうしたアクションが豊富な映画は確かに多くの人たちを引き寄せるには成功するかもしれませんが、古くからのファンにとっては悪い意味で換骨奪胎されている感が否めません。

このような理由から、今回彼がスターウォーズ制作のために『スター・トレック:ビヨンド』の監督から降りたことはファンにとっていい影響を及ぼしたのではないかと思っています。

ポスター/スチール 写真 A4 パターンS スター・トレック BEYOND 光沢プリント

ということで以上、映画レビューを展開してきましたが、『ビヨンド』はファンから見ても十分歯ごたえのある形で仕上がっていますので、是非見てみてください。

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