読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

日本の新卒一括採用システムが海外に比べて圧倒的に恵まれている理由

ドイツで「新卒」就職した私は、いつも日本の就職事情を羨ましく思っていました。

というのも、大学で勉強した科目にもよりもますが、文系学部*1だと、日本での就職が圧倒的に簡単だからです。

日本の就活生は自分がどれほど恵まれた環境にあるのか自覚していないかもしれませんが、私から見ると、かなり恵まれた環境にあります。「大学時代に2、3個会社を立ち上げたぜ」というような強者を除けば、だからこそ、この環境を生かして、自分のキャリアを積み上げていくことをおススメします。*2

まずは、日本の就活状況が恵まれている理由について、ドイツの就職事情と比べながら説明していきます。*3

リクルートスーツに身を包んで就職活動をする学生

ここでは文系学部*4出身の場合に絞って書いていきます。

まず、日本で新卒で就職する場合のメリットは3つあり、以下の通りです。

  • ポテンシャル重視のため就業経験が要求されない
  • 就職率の高さ
  • 充実した入社時トレーニングの存在

ポテンシャルか、実践経験か

日本の場合:ポテンシャル重視

日本の企業は、ポテンシャルを重視する傾向が強いです。

それは、たとえ、文学部でシェークスピアのことを勉強していたとしても、銀行に就職できたり、商社に就職できたりします。つまり、大学での勉強内容と就職先の仕事内容が一致する必要がないということです。企業が求めているのは、すでに具体的な経営知識をもった学生ではありません。

せいぜい重視されるのは、バイトやサークルでの体験です。ただ、いくらお店をうまく回そうともバイトはパートタイムの仕事です。どれほどの具体的なスキルが身に付くのかは疑問です。サークルの経験にいたってははっきりいって趣味です。運動部の主将だったという経験では、具体的な経営の技術は身に付きません。

しかし、バイトやサークルというものは、「人間性」を養うものです。こうした漠然とした「人間性」、つまりポテンシャルが日本企業で重要視されるのです。

ドイツの場合:即戦力であること重視

それに比べて、ドイツでは、数ヶ月から3年程度の就業体験が必要です。就職するまでにです。

それも実際に会社で働いた経験やフルタイムでのインターンシップ体験です。もちろん、どこかのカフェやレストランでのバイト経験はそこに含まれません。

インターンシップのためには、別のインターンシップ体験が必要

有名企業のインターンシップを得るためには、その前に別の企業ですでにインターンシップを数ヶ月経験している必要があります。最初のインターンシップも、学業と関連がなければ落とされることが多いです。例えば、文学を勉強していると、広報寄りの領域でのインターンシップがとりやすくなりますが、それ以外のインターンシップだと、門前払いが普通です。

つまり、

実学重視の学科での成績

簡単なインターンシップ

より有名どころのインターンシップ

さらに有名な企業でのインターンシップ

という手順を踏まえる必要があります。

インターンシップの年月が少ない場合や勉強している学科が募集ポジションと異なる場合、書類選考ではねられる確率が格段に上がります。

インターンの仕事内容は社員に準じる

加えて、ここで述べているインターンシップというものは、お客様扱いを受けるような企業紹介を受けるために、1週間程度企業に通うというのではなく、実際に働きます。それも他の社員と同じ扱いです。もちろん仕事内容は簡単なものが多いのですが、心持ちは社員として仕事に臨みます。

給料は無給の場合から、500EUR(約6万円)/月と、薄給です。場合によっては、インターンシップだけのために、数ヶ月の間、別の街に住むことになります。当たり前ですが、多くの場合、引っ越し費用は自分持ちです。

そうしたインターンシップは数週間から6ヶ月かかり、それを、学生時代に複数こなしていくことになります。インターンシップはカリキュラムの中に含まれていて単位認定を受けることが出来る場合もあれば、大学を休んで自主的に行うこともあります。

つまり、大学卒業時の時点で、

就職先の企業と関連のある学業+インターン経験

が要求されてきます。

面接時に聞かれる、もしくは自分の中で返事ができるようにしておかなくてはいけない質問は、

「明日からわが社で働くとすると、あなたは具体的に何ができますか?」

ということです。この質問を見れば、ドイツの企業は即戦力を学生に求めていることがわかります。

完全雇用の日本、卒業後も仕事を探し続けるドイツ

こうした要求レベルの違いは、就職率もしくは、最初の仕事が見つかるまでの期間に開きがあることに表れてきます。

すでに述べたように、求められるスキルの種類が異なるため、日本では卒業後にすぐに就職できる割合が高く、就職への敷居の高いドイツ場合、それは低くなっています。

日本:ほぼ完全雇用

日本の大学生(学部)の就職率は97,3%となっています。(2016年3月卒業分)第一希望の会社には入れなくても、何らかの会社に就職できており、ほぼ完全雇用が達成されていると言えます。*5

ドイツ:約半分が卒業後すぐには就職できない・しない

ドイツの場合は、就職活動が一斉に始まるということはありません。卒業のための勉強が忙しいため、むしろ卒業してからようやく本格的に就職活動を個別に行うことになります。

そして、そうした大学卒業生(院卒も含む)のうち、仕事を見つけるまでにかかる期間は、卒業生のうち

  • 20%が6ヶ月
  • 15%が1年
  • 12%が1年以上

掛かっています。卒業生の約半数もが、卒業後少なくとも6ヶ月以上は仕事が見つかっていない状況です。*6

つまり、卒業と同時に就職できることは当たり前ではないのです。この数値は比較的就職が容易な情報工学系や経営系、自然科学系も含んでいるので、文系学部に絞ると、就職までにかかる期間はもっと長いと考えていいでしょう。

ちなみに卒業と同時に仕事が見つからない場合、最低限の失業手当を受けることもできます。つまり失業者になり、職安に通うことになるということです。*7

大学卒業と同時に失業者となるという厳しい現実は、新聞でも報道されることです。

入社時トレーニングが充実している日本

日本の場合

ポテンシャル重視での採用が中心なので、入社してからのトレーニングが必要となります。その新人トレーニングが日本では充実しています。

企業によってこの期間は異なってくるとは思いますが、座学での講習が数週間から1-2か月設けられ、その後も、OJTという形で、先輩による指導を数ヶ月受けられます。この間も給料は発生していますので、企業から一方的な投資を受けている状態です。

新卒で一括して大量に採用するので会社側からみても、トレーニングがまとめて出来、それによってコストが少なくて済みます。このような事情によって、充実したトレーニング体制が可能となっています。

ドイツの場合

もちろんドイツの場合も入社してから定期的にトレーニングはあったり、仕事内容の説明や指導はあります。

即戦力として「入社日から何ができるのか」が重視されるとは言っても、それぞれの企業の業務の特殊性から、本当に「入社初日から独り立ちできる」ことは稀です。しかし、短期間のうちに、半人前以上に仕事ができることが多くの場合求められます。

もともと、大学での座学による知識の蓄積や、インターンシップによる就業経験を前提として雇用しているため、日本ほど充実したトレーニングがないことがほとんどです。*8

つまり、「トレーニングは、大学を卒業するまでに自分でやっといてね」ということです。*9

トレーニング・コストを肩代わりしてくれる日本の企業と比べると、より完成品に近い人材を求めるドイツの企業はシビアとも言えます

新卒チケットがプラチナな訳

仕事をする上での専門教育を大学で受けておらず、何ら就業経験がなくても、日本では自動的に就職が可能なのです。そして、入社したらしたで、お金のかかるトレーニングをタダで受けさせてもらえます。致せりつくせりです。

つまり、日本とドイツとでは、入社するまでと、入社直後で必要な苦労に差があるというこです。就職事情の簡単な比較だけで、日本の就職学生がどれだけ恵まれているのかが理解できると思います。

日本での就職を勧める理由

新卒チケットを捨てるのははっきり言ってもったいないです。

たとえ、企業で働くことに気が進まなかったり、日本を飛び出したくても、一度日本の企業組織の中で働くことは大きなメリットをもたらします。働いた後でも、院での研究をするなり、起業をするなり、日本の企業で得たスキルをもって海外で働くなり、まだ可能性が残っています。

企業という環境で学べることは沢山あります。日本だけでも何千万人という人が企業で働いているわけですから、そこで積み重ねられた知見は膨大なものがあります。その中には、ビジネス以外の分野でも応用できることも少なくありません。

そのため、新卒チケットを捨てるということは、こうした巨大なチャンスをみすみす捨てることを意味するため、慎重に行った方がいいのではないでしょうか。

*私の聞いた限りだと、ヨーロッパ大陸系はこのように、即戦力重視ですが、イギリスやアメリカは日本のモデルに近く、例えば、文学部でシェークスピアを勉強していても、投資銀行に入りやすかったりすると聞いています。ドイツの場合、シェークスピアの勉強をしている人が、投資銀行のインターンシップに応募すると、「はっ?場違いだよ」という印象を受けます。
そのため、英米系モデルは日本モデルと大陸系モデルの中間にあると考えています。*10

関連する記事

*1:経済・経営学部を除く

*2:社会のシステムとして新卒一括採用がいいかどうかは別の問題です。あくまで就職する側から見たメリットを論じています

*3:ここではヨーロッパ大陸系の就職事情について述べています。英米型の新卒就職については文末参照

*4:経済・経営学部を除く

*5:参照:平成27年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在):文部科学省

*6:ここには、就職の意志のない人も含まれていますが、それでも高い数字と言えるでしょう

*7:参考記事:Arbeitslos nach Studium: Was tun? | karrierebibel.de

*8:もちろん、企業の規模や方針によって異なりますが、全体的な傾向としては、日本ほどトレーニングが充実していないことは確かでしょう

*9:新卒には実践形式での経験が足りていないということに企業が不平を抱いていますが、その文句の裏には、実践経験は新卒時にすでに持っていることを企業が要求していることを示しています 参考記事:„Hilfe Chef! Ich wurde falsch ausgebildet!“ - Vertriebscockpit

ちなみに、ここではトレーニーといった就職枠については除外して述べています

*10:英米モデルについて、間違っていたら教えてください