元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

留学に人生を振り回される文系研究者たち

地域研究をしている場合、その地域への留学は研究者人生においてほぼ義務です。

ただ、留学期間や形態は個々人の事情によって異なっています。

史料を収拾するために海外の大学に籍を置いて、日本に帰ってから日本の大学で論文を提出する場合もあれば、そのまま海外の大学で博士論文を提出することもあります。海外で学位を取ろうとする場合、その大学での指導教授とのコミュニケーションも欠かせませんし、学生間でのコミュニケ―ションも必要となります。

私はいろんなタイプの留学生を見てきました。

その中には現地で博士号をとることを目指して留学したがゆえに、その後の人生が全く変わってしまった人もいます。そのような人を見ると、果たして留学という選択が研究者人生にどのような影響を及ぼすのかについて、深く考えさせられます。

海外の研究生活

将来を嘱望されたある新人の例

Aさんという新進気鋭の博士課程の学生がいました。

彼は、年齢も離れており大学も異なる私の耳にも入るぐらい日本で有名で、将来を期待されていました。私も何度か会って話したことはあるのですが、優秀だという印象を受けました。そうした評判については彼自身も知っており、自負があったのではないかと思います。

その彼が、研究対象としている地域に留学に行きました。

そしてその彼は(たぶん)苦労しながらも学位をものとし、研究者としてのスタートを切りました。

まさかのキャリアチェンジ

しかし・・・ここからがポイントです。

優秀な人に多く見られるのは、自他ともに優秀と思っているがゆえにさらなる高みを目指そうとする傾向です。

彼にその傾向があったのかはわかりませんが、キャリア選択だけを見ていると、その傾向があったのではないかと思います。

つまり、Z国で学位を取り、Z国人と競争しながらZ国のことをZ国の大学でZ国人に教えるという茨の道を選んでしまったのです。しかし、いくら優秀でも外国人というハンデがあるのは事実です。その結果、なかなかZ国で仕事は見つからず、全く別の仕事に就くことになりました。

実際どのような経緯で研究者としてのキャリアを諦めたのかは定かではありませんが、もし研究者として生き残りたければ、日本に帰って、日本で研究者生活を始めていれば、それなりにチャンスはあったと考えます。

「日本という遠い異国からZ国についての研究を地道にやっていこう」という心構えがあれば、また違った結果があったのではないかと思います。

しかし、日本に戻るという選択よりも、研究者としての人生を諦めてしまいました。

才能もあり、意気込みもあったがゆえに、あえて壁にぶつかりに行き、それを自力では乗り越えられなかったということです。

このようなキャリアチェンジを聞いたとき、私は「あのAさんが、まさか研究者人生を諦めるなんて・・・」と驚きました。あの人は、研究者になることが決まっていたと勝手に思っていたからです。

研究を諦めていった人たち

他にも博士号をとった後、日本に帰ることを選ばずに現地に残ったまではいいものの、なかなか大学でポストを得られず、そのまま、翻訳家や通訳、現地の日系中小企業に就職している人も見ました。

こうした人の多くは、研究目的で留学しているので、実学的な技術や経験がなく、また年齢も高いので、企業に応募してもなかなか採用してもらえません。そのため、日本人ということを生かして、翻訳・通訳、現地で日本人が経営している中小企業に就職しています。

彼らも、留学した当時は、研究者として現地で一旗挙げようという心持ちだったのではないかと想像してしまいます。

研究者を目指さないのであれば、そもそも実学的傾向を持たない分野で、

  • 博士号を目指すことも
  • 留学することも

していなかったでしょう。というのも、海外で就職するのであったり、ビジネスに興味があるのであれば、別の道のほうが近道だからです。

研究者として研究対象とどのように付き合うのか?

キャリアチェンジ自体を否定はしませんが、こうしたキャリアチェンジを見ると、やはり(正規)留学というのは「化け物」のような印象を受けます。

その人の人生を、それまで思っていた方向とは全く別の方向へと変えてしまうからです。

研究以外にもやりがいのある道を見つけることもありますし、心折れて、研究が行き詰まったから別のことを仕事とすることもあります。ですので、ここでは、キャリアチェンジ自体の善悪については論じていません。

ただ、歴史学、文学、政治学、社会学を専攻している人のうち、海外の国を研究対象としている文系研究者は、留学というものをどのように自分のキャリアに組み込んでいくのかという問題と格闘する必要があります。

それは、研究上でのテクニック・レベルでの優秀さとは別のところにあり、研究者としてどのように対象国と向き合っていくのかということをキャリアレベルで考えることと関係してくるのではないでしょうか。

日本という辺境の地で地道に研究を続けていくことに研究者としての価値を自分なりに見つけていくのか、それとも「本場」で逆境の中で頑張り続けていくのか、自分の中で確かな方向性を確立している必要があるようです。

研究対象との関係についての、私なりの「答え」は以下の記事で書いております。併せてご参照下さい。

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