元コンサルタントな歴史家―ドイツから見た日本

ドイツの大学で歴史を研究する伊藤智央のブログ。ドイツと日本に関する批判的な評論を中心に海外生活(留学や移住)の実態をお伝えしています。その際には元戦略コンサルタントとしての経験も踏まえてわかり易くお伝えできればと思います

【体験談】博士論文を2年以内に提出するための具体的方法

私はドイツの大学で博士論文(歴史系分野)を提出しましたが、合計で1年11か月を要しました。

博士論文提出後にも口頭試験や、国によっては出版*1という条件をクリアして初めて博士号が授与されますが、一番の難関は論文を執筆することです。ここで10年費やしたり、挫折してしまうことも多いでしょう。

ということで、私が博士論文を提出するまでに実際に行ったテクニックをまとめて紹介することで、執筆を予定している、もしくは現在、博論に取り組んでいる人の参考に供したいと思います。

博士論文提出までの3フェーズ

博士論文提出までには以下の3つのフェーズが存在しています。

  • 調査フェーズ
  • 執筆フェーズ
  • 推敲フェーズ

どのフェーズも大変ですが、各フェーズをうまくマネジメントすれば、素早く次のフェーズに移ることも可能です。

調査フェーズ

まずは調査をすることで、テーマや書く内容を特定し、具体的なネタを洗い出す必要があります。調査していくうちにどんなことについて書けそうか、次第に具体的になってくるでしょう。

では具体的にどのようにしていけば調査フェーズを効率的に進めることができるのでしょうか?

私が効率的にこのフェーズを乗り切るために使った方法は以下の2つの方法です。

  • 調査メモの作成
  • あらすじ(仮)の作成

調査メモの作成方法

通常は、片っ端から文献や史料を読んでいくと思いますが、この際にどのようにメモを取りますか?

この段階から、後で論文を書くときにも効率的に再利用できるフォーマットを使ってメモを取っていると、論文執筆の際に、「xxってどこかに書いてあったけど、どこだっけ?」という場合にもすぐに対応できます。つまり、資料を探す手間が省け、執筆に専念できます。

では、具体的にはどうすればよいのか?

私は以下のような表でメモを作成していました。

各列ごとに以下のようになっています。

  • ID:通し番号
  • メモ内容
  • 文献名
  • ページ数
  • 該当章:メモが当てはまるであろう博論の章

このようなフォーマットでメモを作成していると、博論の各部分を書いている際に、「該当章」の列でソートすれば一発で該当するメモが出てきます。元となる文献名+ページ数も同時にメモしてあるので、元の資料にも簡単に遡れます。

「まだ博論の骨格もわかってないのに、該当章なんか埋められない」という人もいるでしょう。しかし、

  • 該当章は後からでもメモ内容を見ながら追記していったり
  • 章立てが決まって、実際に書く段階で修正したり

できます。

ですので、

わからなければ空欄にして、埋められるときに埋めていく

というぐらいの気軽さでメモを作っていきましょう。*2

あらすじ(仮)の作り方

そうしてメモを書いていけば、いつのまにか数百以上のメモ*3が一つの表の形で出来上ります。論文を書くためのネタが集まっていくにつれ、次第に論文の構想も自然と出来上ってきます。

構想が出来次第、簡単でいいので文字に落として可視化してみましょう。

ここでの目的は、

  • 今現在考えていることの文章化
  • 自分の中であやふやになっている箇所の洗い出し

です。

こうしたあらすじができると、粗くても一つの流れが紙に落ちた形で出来ていきます。つまり、後で使えそうなデータがある程度成果が手に取る形で出来上がります。このあらすじは、研究コンセプトを他人に紹介する際に使えます。

加えて、頭の中で構想が出来ているつもりでも、文字に落としてみるとなかなかうまく書けないこともあります。そうしたところは、もう一度考え直しましょう。つまり、研究コンセプトを再考する良い機会になります。

私は以下のようなフォーマットであらすじを作っていきました。

各列ごとに以下のようになっています。

  • 章:章内容を一言で表現したもの。将来の章タイトル
  • 内容(Lv. 1):章を分解した下位レベルのテーマ。
  • 内容(Lv. 2):できる限り詳細なレベルでの論理の筋道
  • 備考

特に「内容(Lv. 2)」は、押さえておきたい項目とその内容を書き出します。その際には、特に話しの流れを意識しましょう。詳細を書くというよりは流れが論文の頭からお尻までつながるように論理構成をしっかりさせておくということが大切です。

あらすじも、調査が進むにつれて修正を加えていくことになります。

このようにして調査メモとあらすじを始めの段階から少しずつ作っていくと、調査段階でありながら、骨格(=あらすじ)と(=調査メモ)が自然にできていることになります。次の執筆段階は、この骨格と肉をうまくくっつけていく作業でしかありません。

注意点:時間をかけすぎない

私はこうした調査に1年を費やしました。

中にはこのフェーズに5~10年も費やし、「まだまだ調査が足りてない。そのため何もまだ書けない」という感覚を抱きながらなかなか論文の執筆に移行できないという人がいます。

そうした不安も理解できますが、1年から2年ほど調査すればとりあえず十分です。とりあえず書き始めましょう。足りてない箇所があれば、執筆中にも追加調査ができます。

調べてるだけで何も書いていない限り、何も生み出していません。考えたり調べた内容の価値は、表現しない限りゼロです。 

執筆フェーズ

そして次に執筆に移ります。

ここで重要なことは、後の推敲フェーズを考えて、

あとで修正するからとりあえず、先に進む

ことを意識することです。

「書く」=「考える」

「とりあえず書く」ということが重要な理由は2つあります。それは、書いていくうちに、

  • 新しい分析視点が生まれてきたり
  • 足りない部分が見えてきたり

するということです。書くというプロセス自体が思考プロセスにもなるため、書くことで、思考がよりクリアになります。自分が表現しにくい箇所は、自分の思考が及ばないと考えてもよいでしょう。

「書く」という行為自体はさらに以下の2つの利点ももたらします。

利点①:表現の洗練が可能

一度、不十分な形であっても書き上げてしまえば、追記であれ修正であれ、可能です。書くことで、思考を紙にとどめていくことができるので、追記や修正によって、表現を洗練させていくことができます。

利点②:心理的な障害の克服

執筆フェーズに移れず、永遠に調査を続けてしまう理由は恐らく、「書くことに対する抵抗」でしょう。そのため、「とりあえず書く」ことで、こうした心理的なバリアを克服することもできます。

とりあえず執筆していくと自然と執筆のリズムが出来てきます。そうしたルーティン化によっても、作業を進めていく上で精神的に楽になります。私の場合、大体7ヶ月ほど執筆に要しました。*4具体的には、毎日数ページ書いて、次の日の午前中には前の人に書いた箇所をチェックして、それが出来次第、新しい部分を書いていきました。*5

前フェーズの成果物を利用する

すでに骨格(=あらすじ)と(=調査メモ)があるのなら、それをうまく組み合わせて、アイディアを具現化していくだけです。そうした意味で、調査フェーズであらすじとメモをどれだけしっかりとしたものを作りこめているのかが重要となってきます。

調査メモの使い方として、「該当章」の列でソートすれば、その章で使いたいメモ一発で表示されます。列を追加して、その列に下位レベルの該当箇所(テーマetc.)を記入していれば、該当テーマでさらに細かくメモをソートできます。

これで、メモに埋もれしまうこともなく、執筆に大幅に専念できることでしょう。

推敲フェーズ

さて、文章を一体書き終えたら、それで「終わったー!」と思いがちですが、ここで注意したいのは、

あなたの文章はまだ中途半端な状態

ということです。

というのも、

  • 何百ページも書いていると始めのほうに書いたことと後のほうに書いた言葉がうまく合わなかったり
  • 一旦書いたものを時間を置いてから見ると論理関係自体におかしな箇所が見つかったり

するからです。

特に、2つ目の点ですが、書いたときには論理的と思っても、何週間、何ヶ月か寝かしてから再度読んでみるとわかりにくい箇所が絶対出てきます。思った以上に、こうした箇所が意外にあるものです。

見落とされがちな、推敲の重要性

この推敲フェーズは最も軽視されていながら、文章の完成度を左右する、かなり大切な作業です。

というのも論文が読者に与えるインパクトは

「内容」×「文章の伝わり易さ」

で決まってきます。

そのため、いくら内容がよくても、文章自体がわかりにくい場合は、読者に言いたいことが伝わず論文の存在価値が落ちてしまいます。そのため推敲は論文の質を担保するために欠かせない作業工程です。

私はこの推敲自体に6か月ほど、つまり執筆と同じくらいの時間を費やしました。具体的には自分で2回確認し、2人の友人に全体を通しで見てもらい、最後に自分で2回読み直しました。もともと、6ヶ月という期間はバッファーとして計画していたのですが、本当に6ヶ月まるまる使うとは全く思ってもいませんでした。

修正するかどうかを決める基準

私が推敲作業の際に、常に自分に問うていたことは、

「表現がわかりにくいけど読者は何とか理解するだろう」と、読者任せにしてはいけない。果たして自分は執筆者として、読者に理解してもらうための工夫を十分にしているのだろうか?

ということでした。

そのため、初見で違和感を感じた箇所については、文章の構造を変えたり、徹底的に削減したり、注欄に移したりしました。初見の印象というのは重要です。

というのも、読者は普通はわかりにくければ2度も文章を読み直すことが少ないからです。「初見で理解できるかどうか」、これを基準にして推敲を行いましょう。

自分の書いたものを変更することはあまり気持ちいい事ではありません。なんといっても自分が時間をかけて書き上げたものなので、自分の文章を守りたくなるのは当然の感情です。しかし、読者視点を優先させて、目の前の文章を他人の文章と割り切って思って徹底的に直しましょう。

推敲の作業に有効なテクニックはゼロ・ベース思考です。このテクニックについては以下の記事でも詳しく書いておりますので、ご参照下さい。

2つの大切な心構え

以上、各フェーズに沿って具体的な方法を述べてきましたが、博士論文を効率的かつ無事に終わらせるための心構えは以下の2つにまとめられるのではないでしょうか。

一つ目は、論文完成までの全工程を踏まえて、各フェーズを進めていくことです。これは、博士論文を効率的に進める上で大切なことでしょう。

特に調査フェーズで基礎的なデータを使いやすいように加工して準備しておくことが執筆を効率よく進めていけるかどうかを左右します。

二つ目は、読者視点でものを考えることです。推敲されていない文章を読まされることはつらい体験です。読んでももらうわけですから、最低限の礼儀としてできる限りわかりやすい文章を心がけましょう。

補足:ストレス対策

ストレス対策も博士論文を書いていく上で重要です。

博士論文は数年単位で進めていくものです。そのため、日常の中にストレス対策を埋め込んでいかないと、メンタルの面で参ってしまいます。とくに、博士論文に集中していると、外界との関係も薄くなり、孤独な環境の中で戦うことになります。

「急がば回れ」というように、あまり追い詰め過ぎないように、何か趣味なり息抜きの手段を探しましょう。そうすることで、コンスタントに効率よく作業を進めていくことができます。

短距離走であれば、数ヶ月全力で走ってもかまいませんが、博士論文はマラソンです。体調を第一に考えましょう。それでは、博士論文の執筆頑張ってください。

関連する記事

*1:ドイツの場合

*2:ちなみに必要な情報は列を追加して追記が可能です

*3:私の場合は1800行程度のメモが出来上りました

*4:基本的に土日は休み、夜は7時ぐらいまで作業してという生活を繰り返しました。

*5:書いてると、いったい今日はどれだけ書いたのか気になると思いますが、私もその例にもれず文字数を気にしてました。そのためエクセルで、章ごとに文字数を計算して、章ごとの大きさのバランスを注意していました。といっても、文字数だけ気にして中身を水増ししても意味が無いので、分量が少ない箇所は書けないままにしておきました。あくまで、全体の分量を知っておくというために文字数は管理していました。